« 人の縁 | メイン | ストラップ »

2004年9月14日

猫は猫以上でもなければ猫以下でもない

嬉し・楽し

ウチの猫たちの主治医は猫専門医だ。
嬉楽が大病したときに、かかりつけになったのがきっかけ。
今まで間違って信じてきたことを、ひとつひとつ正してくれた。

センセイが教えてくれた一番大事なことは、
猫は、猫以上でも、猫以下でもない。
変に擬人化する必要はない ということ。

猫の時間軸は人間とは違う。考えていることも違う。
神妙な顔をしていても、何も考えていない。
むやみにかわいそうと思う必要はない。

なんど指導しても、
「キャットフード以外食べれないなんてかわいそう」と
人の食べてる食事やらいろんな物を
猫に与える飼い主に対して、センセイは言う。
「食べることが幸せというのは、人間の尺度なんだけどね」
「猫にしてみたら、食べるよりも一緒に遊ぶ時間のほうが幸せなのにね」

そういえば、最近あんまり猫たちと遊んでないなぁ、と思った。

投稿者 YOUCHAN : 2004年9月14日 04:13

頂いたコメント

動物に必要なのは遊ぶことなんだよね。人間もそうだよ。機械と遊ぶようになってから人はおかしくなった。自然の中に時々は戻って遊ばないとね。海には海の山には山の気が満ちているよ。
気功をやっていたことがあって樹林気功っていうの好きだった。大きな木に抱きついて静かに木の発する気をいただくって感じです。御神木みたいな木には神霊が宿るって言われてますから、そういう木に廻り会ったらご挨拶してから樹林気功するんです。気を感じるよ。気功の先生は桜はダメっていうんだけど、なぜいけないんだか聞き逃した。う??んなんでだろ?

投稿者 kousaku! : 2004年9月14日 04:47

毛虫に刺されるから、とか。
冗談です)

実際のところ、桜には毛虫がよく付きます。

投稿者 じ : 2004年9月14日 06:36

うう・・・ええはなしや。。。
>「食べることが幸せというのは、人間の尺度なんだけどね」
まったくそうだよね。
>犬も、犬以上でも、犬以下でもない。
だね!
うんうん、かわいそうなのは遊んでやれてない時間。
レイのうちのMダックス元気になってきてエリザベスカラー
つけながら走り回ってる。ははは。
御心配おかけしました?。
ペットと人間の関係がうまくいけばペット達も長生きするよね。

投稿者 shiralin : 2004年9月14日 07:42

すみません。猫谷物語で擬人化しました・・・。

投稿者 久多爺 : 2004年9月14日 09:32

kousakuさん、
ほんとそ〜だぁ!都内に出ると疲れるのは、緑が少ないせいだね。でも、都内でもちょっと古い町に行くと疲れが取れる感じもするしね。

じ〜さま、
桜の木の下には……が埋まってるから、とか。

shiralin,
わんこが元気になってきてホントよかった〜〜!エリザベスカラーも、もうスグ取れますね。
shiralinの件を知るまで、わんこは雑食だからなに食べても大丈夫かとワタシ思ってました、実は。にゃんこと同じで、お食事の管理は重要なんですねぇ。

久多爺〜〜〜、
フィクションのこと言ってるわけじゃないってばさ、んもー。

投稿者 ゆ : 2004年9月14日 12:30

あっはっは。二人展楽しみにしてますよ。案内状PDFで送ってねー。

投稿者 久多爺 : 2004年9月14日 16:22

PDFの用意はしてないから
RealDM郵送しますよ、それでかんべんしてー。

投稿者 ゆ : 2004年9月14日 16:45

動物の行動を説明する場合、もっとも「人間的な考察の入っていないものを選択する」と動物学者が言っていましたが。

我が家は犬を飼っていますが、いつも遊んでくれるのを待っています。これは情緒的な見方ではなく、ホントに遊んで欲しいのです。

投稿者 ぱ : 2004年9月14日 17:50

ぱさん、
人はどうしても生き物を擬人化して
「情緒的な見方」をしがちですよね。
愛情を持って犬や猫などの生き物に接していると、
まるで「人間の子供を見るような感覚」に陥ってしまう。
しかし、それは間違っているのですよね。

かといって、生き物をモノのように
「死んだらお取替え」みたいに捕らえている人もいるのも事実です。
『ノラや』で内田百蠅†
「自分は猫好きなのではない。ノラとクルツだから大事なんだ」
というようなことを書いていて、
わたしはものすごく同意したものですが、
すべての人がそうであるとは限らない。

自分の飼い猫が死んで、その翌日に別の猫を買って来た、と言う
人の話を聞いて驚いたのを思い出します。
こういう人には、どう接したものかと思います。

どんな話題も同じだと思うのですが、
スタート地点が実は一番大事で、
そこが違うと反論ひとつとっても履き違えたものになってしまう。
難しいなぁと感じます。

なんてことを思ったりしました。
長文失礼しました。

投稿者 ゆ : 2004年9月14日 22:33

ただ、猫は、「自分は、人以上であり、人以下ではない」と考えているようです。(猫は、人を身の回りの世話をする使用人程度にしか見てませんから)
そこをかわいいと思うのは、人間の懐の深さでしょう。
何事にも、懐を深く持ちたいものですね。

投稿者 の : 2004年9月15日 00:53