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デッドアイ・ディック (Deadeye Dick)

デッドアイ・ディック (ハヤカワ文庫SF)
カート ヴォネガット Kurt Vonnegut 浅倉 久志
4150112193

すんません。またヴォネガットです。今年の春にヴォネガットが亡くなってから、折々に読み返しているのだけれど、まとめて読むと非常におもしろい。

「デッドアイ・ディック」の主役はルディ・ウォールツではない。銃であり、ドラッグであり、中性子爆弾であり、人々の偏見だ。これらがたくみに物語の中で影響を及ぼしてくる。その主役たちの 周りで、へんてこなダンスを踊らされているのがルディであり、ルディの父であり、母であり、兄であり、ドウェイン・フーヴァーとその妻だ。途中途中にさし挟まれるレシピ、これがまたいい。そして、人生は演劇だ、ときどき台本までもが登場する。

「デッドアイ・ディック」は「ジェイルバード」のあと、1982年に書かれた小説で、名前から「ジュニア」が取れた『近年の作品』の範疇に入るのではないかと思うが、「デッドアイ・ディック」のヴォネガットはとにかく調子がいい。油が乗っている。職人芸だ。上手い。翻訳もすこぶる調子がいい。コトバが血肉になっている印象すらある。あとがきを読めば、どのくらい調子がいいかがさらに伺える。いいタイミングで訳されたと思う。

どの世界にも原理主義者って言うひとたちがいて、Genesisならピーガブが脱退する前までしか認めないとか、そんな類の主義なんだけど、ヴォネガットもご多分に漏れず、「猫のゆりかご」や「タイタンの妖女」の評価がめっぽう高い。しかし、わたしは職人の熟練した腕で生み出された作品がものすごく好きだ。わたしにとっての最初のヴォネガットは「スローターハウス5」で、何度も読んだ本だし、おそらく一番好きな本は?と問われれば、これを指すだろう。けれど、ほんとうにそうだろうか、とふと思う。ヴォネガットのよさは、熟練の妙味だ。これがなければ、すべてのヴォネガットを読み続けることなんてなかった。その妙味のある作品といえば、70年代後期~80年代に生まれた作品群にあたるのではなかろうか。

それにしても、「チャンピオンたちの朝食」は、もしかしたら「猫のゆりかご」以上にヴォネガットにとって重要な1冊なのではないかと思った。「チャンピオン」と「青ひげ」、「デッドアイ・ディック」は三兄弟のような作品だ。こんな本が読めて嬉しい。当時のわたしはどこを読んで何を考えていたのだろう。もっと読まれていい一冊だと改めて思う。

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2007年10月23日 18:56に投稿されたエントリーのページです。

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