プレイヤー・ピアノ (ハヤカワ文庫SF)
ジュニア,カート ヴォネガット Kurt,Jr. Vonnegut 浅倉 久志 
ヴォネガット初の長編小説。1952年。この前にご紹介した「バゴンボ」と時期的には同じ。470ページもあり、かなり長いが、やはりヴォネガットは長編がいい。最初の長編ということもあり、いつものノリとはちょっと違う。まず、なんと言っても時系列順に物語が進んでいる。これはヴォネガット的に珍しい。それから、トラルファマドール星人もキルゴア・トラウトもいない。あんまりイカレた人は出てこない。しかしながら、「イリアム」という地名が登場する。この先何度も出てくるこの地名、わたしは実在の都市だとばかり思っていたら、架空なんだそうな。うーん、やられた。
そんなオーソドックスな手法で書かれたこの作品だが、中盤くらいからだんだん箍が外れてくるの感じた。序盤は、短編集にあるSFっぽいノリなのだが、主人公のポールが郊外に家を買うあたりから、なんというかいつものヴォネガットだなぁと思った。途中途中でさしはさまれる「ブラトブールの国王(シャー)」のエピソードは、その後の作品に(形を変えてではあるけれど)引き継がれているように感じる。
わたしが感じる「ヴォネガットらしさ」とは、運命に逆らえずにどんどん流されていく視点にあると思う。その変化を見つめる視点はいたって冷静で、どう抗ったところで引き戻されるものでもない。その状況がそんなに「しっちゃかめっちゃか」なものであっても。
ヴォネガット文学の面白さは、彼が誘ってくれるその「しっちゃかめっちゃか」に乗ることにあると思う。確かに皮肉もあるし、教訓もあろう。政治批判、文明批判、大いに結構。ニヒリストとしてのヴォネガットは超一流。しかし、そのニヒリズムは「しっちゃかめっちゃか」があってこそ映える。彼は批判の対象について、是正を求めるような聖人ではない。求められた是正が実行されたところで、絶対もとの鞘に納まることはない。きれいに解決するわけはない。そこまで描いてくれるから、わたしはヴォネガットを信じるし、「あーでももうしょうがないじゃん」という人や事項があっちこっちに存在することは、認めなくちゃいけないんだ。
新しい読者の皆さん。どうかヴォネガットを政治評論家に見立てないでください。彼は単なる正義の人なんかじゃない。とっても面白い小説を書くおじさんです。もし、「プレイヤー・ピアノ」が面白かったら、「猫のゆりかご」や「タイタンの妖女」、「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」も面白いと思います。