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高い城の男(The man in the high catsle)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)
フィリップ K.ディック 浅倉 久志
4150105685

高い城の男

ディック1962年の作品。

第2次世界大戦、ドイツ(ナチ)と日本が勝利を収め、アメリカを両国で二分している設定のお話。西海岸を日本が、東側をドイツが有している。それにしても、海外作家の小説で、これだけ漢字表記を用いられた日本人キャラクターが出てくるものは読んだことがない。日本人が、「古きよきアメリカ」に憧れを抱いていることなど、ディックはよく知ってるなぁと感心した。主人公の一人、田上の描写はそれにしても崇高だ。いや、日本人全体の描写が、崇高に寄り過ぎていないだろうか。そもそも、日本人はそんなに瞑想をしないだろう。まぁいいか。そう言う設定だ。日本軍も健在で、天皇は神だ。もしかしたら現実の日本人とは違った性質を持っている可能性はある。

この物語は、主人公が数人いて、平行してそれぞれのキャラクターの行動が描かれる。そして、お互いは直接的に、あるいは間接的にどこかで関係を保っており、だんだん糸がより合わさっていく。登場人物が多いせいか、感情移入できるキャラがなかなか出来なかったのだが、やはり最後まできて田上の存在は忘れがたいと思った。

11章以降は、それまで比較的淡々と綴られてきた物語の緊張の度合いが高まり、正直、恐怖を感じた。恐ろしいと思った。ラストで、田上が平和でおだやかな公園に腰を下ろして眺めているシーンがあるが、高官たちの間で取り交わされている巨大な動きとの対比が恐ろしい。それにしても、易経がここまで人々の心を支配している世界って、なんだか新興宗教のようではないか。先に、感情移入しがたいと書いたが、このことと関係が深い気はする。

コメント (2)

>日本人が、「古きよきアメリカ」に憧れを抱いていることなど

幕末期や終戦後に、当時は二流の大衆娯楽品としか認識されていなかった浮世絵などが、海外に大量に流出してしまった経緯を裏返しにした設定でもあるよね

さらに、この作品での易経の位置付けは、アメリカ人には理解し難い一方で憧れの対象でもある(らしい)、君主制や武士道などのメタファーと取るべきかもしれない

YOUCHAN:

精神的な拠り所になってますよね、易経は。
ちょっと怖い感じです。
「君主制や武士道などのメタファー」、なるほど!です。

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2007年10月15日 21:53に投稿されたエントリーのページです。

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