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2007年11月 アーカイブ

2007年11月 2日

折紙宇宙船の伝説

折紙宇宙船の伝説
矢野 徹
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折紙宇宙船の伝説

先日行った古本屋さんで入手した一冊。いやー、びっくりしました。エロスです。夢野久作「いなか、の、事件」と横溝正史「悪霊島」を足したものを、沼正三「家畜人ヤプー」と高橋しん「最終兵器彼女」をかけたもので割ったような。なんじゃそりゃ。年頃の男の子が読んだら、大変なことになりそうだ。

昭和30年代とおぼしき都会の描写には、ノスタルジーを感じないせいか、あまり心動かされなかった。それにしても、ラストは悲しいねぇ。いろんなものをミックスした、すごい小説だと思った。

2007年11月 3日

木魂

「ぷろふいる」傑作選―幻の探偵雑誌〈1〉 (光文社文庫)
ミステリー文学資料館

木魂

光文社からシリーズで出ている「幻の探偵雑誌」の「ぷろふいる」傑作選に収録されている、夢野久作の短編「木魂」を取り上げる。左の挿絵は、この文庫に収録されているもので、ぷろふいる発表時の扉絵である。発表当時のイラストが数点収録されているので、この文庫はオススメ。光文社文庫は資料価値の高いものが多くていい。

これを読むと、夢野久作の文章の魔術的な魅力のとりこになり、夢中になったあの頃を思い出す。長編「ドグラ・マグラ」も凄い作品ではあるが、夢野の魅力は、短編で味わうのがいいと思う。とりわけ、「木魂」は奇想文学としてもっと取り上げられるべき一遍だと思う。

数学に対する偏執的な執着を抱く教師。この短編では「偏執」がキーになっており、妻の臨終の言葉すら偏執的に捉え、その結果、坂道を転がるように自己を追い詰めていく。子を失う描写には涙を誘うものがあり、その悲しみが、先の偏執的なものと絡み合って行く様は凄まじいの一言に尽きる。

短編作家で、こういう描写といえば、ブラッドベリやスタージョンを思い浮かべる。どうだろうか。夢野久作から入ったわたしが、自然にSFへと(それもどちらかといえば、内面を描いたSFへ)導かれてしまったのには、それなりの布石があったのかもしれない、と改めて思う。

それにしても、荒れがちといわれる夢野の文章であるが、「木魂」はなかなかどうして。独特の言い回し、底辺を流れる狂気。筆の運びもすこぶる冴えている一遍と言ってよいのではなかろうか。秀作である。

2007年11月11日

犬は勘定に入れません(To say nothing of the dog)

犬は勘定に入れません...あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎
コニー・ウィリス 大森 望
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コニー・ウィリス、1997年の作品。分厚いです。長いです。しかし、それを感じさせない面白さ! 章が終わるたびに事件が勃発。もうその事件の起こり方ときたら、おかしくてたまらない。タイムトラベル・ラブ・コメディと言いましょうか。

この小説は、SFが好きで、ミステリが好きで、歴史が好きで、犬が好きで、猫が好きで、文学が好きで、恋愛コメディが好きな人なら夢中になること請け合い。底抜けに楽しく、はらはらどきどきできて、そして最後は、楽しかった冒険が終わる余韻に、読者はちょっぴり寂しさを感じつつ、それでも迎える大団円に拍手喝采。これ映画化しないのだろうか。いや、それより連続TVドラマがいいな。

登場人物が魅力的で、若いっていいなぁ、大学生になりたいな、なんて思ったりもした。ネッドとヴェリティの丁々発矢のやり取りの楽しさ! テレンスの浮世離れしたおとぼけお坊ちゃんぶり。そして、わがままトシーの自由奔放さときたら! 尋常ではない働きの、本好き執事のベインの細やかさ。レイディ・シュラプネルやダンワージー先生ら大人たちも負けてはいない。揃いも揃って魅力的過ぎる。日本流金まで出てくるし。おっと、愛すべきシリルとプリンセス・アージュマンドのことを忘れてはいけない。

話の作りが、SFの要素が重要な鍵を握りながらも、ミステリの形式を踏襲している。しかも、結構本格的だと思った。ミステリ「風」じゃなくて、まさにミステリ。そのため、この本の中に出てきた数え切れないほどの事件について、ここで述べることはネタバレになる恐れがあるため控えたい。ただ、通読して、何箇所か納得のいかないことも実はあった。が、先が気になって、その記述を軽く見過ごしてしまった可能性はある。また再読して、その不具合を埋めて...いや、齟齬を修復してみたいと思う。

灰色の脳細胞を駆使して、主教の鳥株のありかを突き止めろ。ボン・ボヤージ、よい旅を!

2007年11月21日

一角獣・多角獣(E Pluribus Unicorn)

一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)
シオドア スタージョン Theodore Sturgeon 小笠原 豊樹
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異色作家短編集第3巻のスタージョンである。このシリーズは1964年に刊行され、70年代に一度復刊された。しかし、この「一角獣・多角獣」を含む何冊かは復刊対称にならなかったため、稀少本としての価格が高騰していた。が、早川書房創立60周年記念として、復刊対象にならなかったものも含め、2005年に晴れて世に出ることとなったという、古くからの異色短編作家ファン・スタージョンファンにとっては「曰くつきも曰くつきの一冊」らしい。それにしても、この新装版の装丁の美しさときたら。ハヤカワとは思えません、なんていったら失礼かしら。ハードカバーなのに、軽いので持ち運びもラクラク。って何の紹介だ。

わたしとスタージョンの出会いは、間接的なものだった。キルゴア・トラウトのモデルになったのがスタージョンなので、この作家はどこかずっと気になる存在だった。が、以前は今ほどスタージョン本が出ている状況ではなかったので、未着手のままだったが、昨今のスタージョン祭りともいえる状況のおかげで、新しい読者にとっては、この上ない幸せな状況。ありがとう、本の神様。

「一角獣・多角獣」を一読して、これほど身につまされるような短編ってないんじゃないかと感じた。「孤独の円盤」の美しさ、孤独感への共感は多くの人の涙を誘うだろう。また、「死ね、名演奏家、死ね」の劣等感や被害妄想は誰もが抱く感情だし、それがまるで倍音のように膨れ上がっていく様子は悲しい。この短編のテーマ曲のタイトル『ダブー・ダベイ』演奏フレーズ " フー・ハー " という表現、音が聞こえてくるようですばらしかった。登場人物も魅力に富んでいる。短編とは思えない濃さ。そして、ラストの「考え方」の不気味さと凄みは、なんともいえない読後感を残す。


小笠原豊樹さんの「一角獣・多角獣」の翻訳を絶賛する書評が非常に多かった。実際読んでみて、すばらしいとわたしも思った。奇想コレクションから出ている「不思議のひと触れ」「輝く断片」は大森望さん編だから、安心して期待できる。(と思っていたら、今月またスタージョンが奇想から出ているじゃないですか!こちらは若島さん。)また、晶文社の「海を失った男」は若島正さんがSFマガジンで絶賛してはばからなかった。スタージョンの刊行環境は恵まれていると思う。21世紀はいい時代だな。

2007年11月28日

猫は知っていた / 粘土の犬

近所の古本屋で偶然入手した、東都書房・探偵小説大全の「多岐川恭 仁木悦子 佐野洋集」。そのうち仁木悦子を読了した。この本は、仁木悦子目当てで購入したので、大変に満足。

「猫は知っていた」は仁木のデビュー作だ。さわやかな陽光差し込むような文体がいい。この時代の小説は、女性の話し言葉に違和感を感じるものが多く、当時はそんな風に女たちは話したのかしらと首をかしげたものだったが、仁木悦子を読んで、やはりわたしが感じた違和感は正しかったんだなぁと思った。仁木悦子を「殺人のある北村薫」と称した評論もあって納得した。

本題。「猫は知っていた」は、仁木兄妹(作者と同姓同名)が事件を解決してゆくもので、その短い物語の中にかなりの人数が詰め込まれていて、久しぶりに醍醐味のあるミステリを読んだ、と思った。登場人物も魅力的で、兄妹が事件を解いていくやりとりはテンポがよく、嫌味を感じなかった。ただ、ラストの手紙がいつ書かれたものなのかだけが疑問だったが、わたしの読み込みがたらないせいかもしれないので、また読んでみようと思う。

もう1本「粘土の犬」は、また毛色が違い、これは奇想小説だった。かなり好み。「猫」が陽光きらめくさわやかな小説とすれば、「粘土の犬」は寂しさと物悲しさが渦巻いている。もっと悲惨になると久生十蘭の「母子像」になるなーと思ったり。(内容は全然違いますが)

現在、仁木悦子は入手しづらい作家の一人になっているが、「めもあある美術館」など、だれもが目にした事のある童話を書き残した人でもある。文体も美しい。再評価を望みたい。

仁木兄妹長篇全集―雄太郎・悦子の全事件〈1〉夏・秋の巻
仁木 悦子
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