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2007年12月 アーカイブ

2007年12月 3日

スローターハウス5(Slaughterhouse5)

さようなら、ヴォネガット

また読んでしまった。読みかけの本もあるし、読んでない本だって山のようにあるのに。(ということで、このブログでもレビュー2回目です)

この本は、生涯で最も繰り返し読んだ一冊だ。10代のときに購入した文庫は、卒業制作のモチーフにしたため、赤がいっぱい書き込まれている上、相当ボロボロになった。今年の4月のヴォネガット逝去の際、書店に平積みができ、「さよならヴォネガット」のPOPが、ゆらゆらゆれている棚があった。そこからわたしは一冊取り、購入した。二冊目だ。値段は当時のほぼ倍になっており、物価の推移が伺える。新版も、結局付箋だらけになってしまった。いい言葉がたくさんあった。

けれど、ヴォネガットのよさは、コトバひとつだけを取り出して眺めるものではないなぁとも思った。前後のモチーフがあってこそ輝きを放つエピソードも相当ある。もちろん、一部を引用したとしても、それはとても美しかったり、切なかったりするし、十分すぎる魅力に富んでいる。しかし、それを上回る魅力は、本一冊を通じて貫く芯にあると思う。あたりまえですが。

それにしても。改めて、伊藤典夫さんの訳文は無駄がない上、美しいと思った。ヴォネガットは、どうしてこんな本が書けたのだろう。多くの人が、この「調子っぱずれな」本のことを受け入れた事実にも祝福したい。

トラルファマドール星人の言うところの「なぜわれわれが? なぜあらゆるものが? そのわけは、この瞬間がたんにあるからだ」。過去も現在も未来も、常にそこにある。この本が、単純な反戦小説の枠に収まりきらないのは、このトラルファマドール星人の言葉に理由があるように感じた。


スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)
カート・ヴォネガット・ジュニア 伊藤 典夫
415010302X

2007年12月 5日

氷柱

氷柱(つらら)
多岐川 恭
4488429033

先日入手した「多岐川恭 仁木悦子 佐野洋集」の中の多岐川恭の長編(中編?)「氷柱(つらら)」を読了。世をすねたニヒリスト・小城江の冒険譚というか...。話の運びがやや強引な気がしたが、展開が気になってページを繰る手が止まらなかった点においてはよい作品だったと思う。小城江の生活ポリシーや悲しい過去、美学の描写がなかなかにデカダンで、読みすすめるうちにファンになってしまう。魅力的だったな。

多岐川恭は初めて読んだのだけど、まるで戦前の探偵小説家のようだと思った。プライド高く、高潔な印象。

2007年12月17日

ドゥームズデイ・ブック(Doomsday book)

ドゥームズデイ・ブック〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)
コニー ウィリス Connie Willis 大森 望
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ドゥームズデイ・ブック〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)
コニー ウィリス Connie Willis 大森 望
4150114382

コニー・ウィリス1992年の作品。21世紀のオックスフォード大学の学生キヴリンは、14世紀に実習のため降下した。が、降下したとたんに病に倒れ、前後不覚に陥る。現地の人に助けられるも、降下点が見つからないまま時が過ぎてゆく。一方、キヴリンを送り出した21世紀でも、降下の直後に技術者が病に倒れる。キヴリンの安否を確認できないまま厳戒態勢となり、研究室は封鎖される...。

この文庫が届いたとき、実を言うとその厚さに驚いた。1冊550ページ以上あり、しかも上下巻。最近のハヤカワ文庫は、文字がバカみたいに大きいので、なおさら嵩が増すのだと思うけれど、それにしても邦訳1700ページ。どうなのこれ!?と思っていたが、ページを開いてみたらハイスピードでどんどん読み進められる。読みやすく、そして飽きさせない工夫があちこちにある。

とはいうものの、上巻ではちょっと退屈かもと思わないでもなかったが、下巻はまさに怒涛だった。ラスト間際の荒涼な村の描写と、キヴリンを取り巻くその過酷な状況は息を呑む。14世紀ではアグネスとローシュ神父が、そして21世紀ではメアリとコリンがとてもよかった。主人公のキヴリンは可憐だった。

この作品は、先日読了した「犬は勘定に入れません」の姉妹作品で、ダンワージー先生とフィンチが登場している。「犬勘定」のダンワージー先生は、何のためらいもなく、ヴィクトリア時代へ、「2週間の絶対安静が必要な」ネッド君を意識朦朧の状態で放り込んだ。が、この「ドゥームズデイ」に限っては、キヴリンの安否をこれでもかというくらい、徹底的に案じまくってる。こ、この差はなんなんだ!? やっぱヤローより女のコの方がかわいいに決まっているということか。いや、そうに違いない。「ドゥームズデイ」の方が先に書かれたことを考えると、それも含めてこの設定そのものが笑うとこに違いない。ああ、なんて壮大なコメディー。

最後に、この本で気になった点をひとつ。ラストでキヴリンが着ていた服装は、14世紀のものではなかっただろうか。さて...

2007年12月19日

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを(God bless you, Mr.Rosewater)

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを (ハヤカワ文庫 SF 464)
カート・ヴォネガット・ジュニア 浅倉 久志
4150104646

ヴォネガット読み返しキャンペーン・ローズウォーターさんの巻。

ヴォネガット後期で繰り出される「乾いた笑い」と、前期で用いられる、ラストにオチを持ってきて問題の昇華を図る手法が交差した秀作だと思った。ヴォネガットは「スローターハウス5」と「チャンピオンたちの朝食」で転換期を迎えたんだなぁと改めて思う。

エリオットの狂気はなかなかすごいものがある。こんな夫に振り回されたら、そりゃ嫁はうつ病が発症するわ、と思った。が、やはり特筆すべきは、父親との対決シーンだろう。このくだりは、ものすごい迫力がある。オチについては、ニヤリと笑う感じ。ヴォネガットらしいといえばらしいけど、らしくないといえばらしくないかな。思想としてはヴォネガットらしいのだけど、手法がらしくない、という感じ。キレイすぎるかな。ヴォネガットの短編っぽいオチ。

クレイジーなヴォネガットに慣れるにはもってこいの入門書だとおもった。

ジェイルバード(Jailbird)

ジェイルバード (ハヤカワ文庫 SF (630))
カート・ヴォネガット

Amazonの画像がないな。先ごろ、復刊した「ジェイルバード」。読み返しキャンペーン中。

後期ヴォネガットの代表作のひとつといっていい。ヴォネガットらしさに満ちて、構成もうまい。前に紹介した「ローズウォーターさん」同様に、ここでのテーマは「金」。ヴォネガットは、金や富をファンタジーとして扱う。金持ちは、金を用いて富を分配することで世の中をよくしたり、人々を救うことができると真剣に考えている。違うのは、エリオット・ローズウォーターは幸せだったが、「ジェイルバード」のメアリー・キャスリーンはそうとは言い切れなかった、といった差だけ。彼らは資本主義社会のファンタジーであり、魔法使いなんだな。

「ジェイルバード」では、本人の意向や思惑を大きくそれて、誤解の上に待ち受ける、思いがけない展開に流されてしまう人々の物語とも取れる。人生は、勘違いと思い込みで彩られているのかもしれない。読後感の後味は、わたしは「ローズウォーターさん」よりも「ジェイルバード」のほうが好きだ。限りなく、ヴォネガットらしい。

2007年12月24日

群蝶の空

群蝶の空
三咲 光郎
4163202404

第8回松本清張賞受賞作。「本格社会派サスペンス」と帯に書かれていたが、この煽りで相当損したんじゃないかと思う。タイプで言えば、「新青年」で探偵小説といいながら、奇想小説を書いていた作家のような感じの作風。

ただ、昭和14年という設定でありながら、現代の小説を読んでいるような印象が最後までぬぐえなかったのは、登場人物たちが皆、現代人のようだか らではないかと思った。設定や、時代背景は丁寧に取材されていると思ったが、言葉遣いだけでなく、やはり登場人物の人格に時代を感じない。そこが残念だっ た。

主人公のひとり、久江のラストシーンは想像できない展開で、非常に度肝を抜いた。実に美しい! この小説は、最後の最後まで何も進展しないし、極論、誰も救われ ない。それに、おそらくこのラストは、賛否両論だと思う。が、久江の最後は作家・三咲光郎の美学が集約されていると思った。完璧ではないが、好きな作家 だ。

2007年12月31日

ホーカス・ポーカス(Hocus Pocus)

ホーカス・ポーカス
カート・ヴォネガット 浅倉 久志
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ヴォネガット 1990年の作品。90年代に入ったヴォネガットは、もうおとぎ話を書けないほど、母国に対する怒りと悲しみが深くなってしまったようだ。これまでのヴォネガットには、どんな内容のものであれファンタジーがあった。偶然の産物があった。涙を誘うペーソスあふれる愛の対象があった。ところが、「ホーカス・ポーカス」にはそれがあまりない。登場人物はすべて架空だし、設定も奇想天外なのに、シリアスで、絵空事になっていない。どちらかといえば、その翌年書かれたエッセイ「死よりも悪い運命」や「国のない男」のテイストに近い。

ヴォネガットのエッセイを読むと思い出すのがマイケル・ムーアの映画だ。確かに面白いし、皮肉が利いている。痛快で、どこか悲しい。けれど、ムーアにしてもヴォネガットにしても、これらの作品は自国民のために発表しているのだ。アメリカ人による、アメリカ人のための、アメリカ人のエッセイであり、映画である。日本人であるわたしは、そこに少々居心地の悪さを感じる。これを壮大なたとえ話として、自分の置かれた境遇...日本の問題に置き換え、それらを眺めることはできる。けれども、やっぱりどこか違う気がする。

「ホーカス・ポーカス」が、ヴォネガットのエッセイに近いと思ったのは、ストレートすぎるほと、差別に対して訴えてくるからだ。これまでも彼が作品を通じて訴えたかったことが、フィクションというオブラートに包んでいては、もう自国民に伝わらないと思ったからかもしれない。彼が次回作の「タイムクエイク」を最後に、物語を綴るのをやめてしまったのもうなづける気がする。

ただし。この作品では、ラスト20ページくらいにヴォネガットらしいしみじみした味わいがようやくやってくる。具体的には、ヒロシ・マツモトの描写をもっと早い段階で掘り下げてほしかった。また、息子との対面が、この物語の中では一番よかった。

追記:2008年9月に復刊しました。


今年よかった本

おそらく一種の逃避だと思いますが、今年もよく本を読んだ。古い本から新しいものまで。いろいろと。そのなかで、特に印象的だったものをピックアップ。

・「砲台島」三咲 光郎
砲台島 (ハヤカワ・ミステリワールド)
戦時下をモチーフにした作品が多い作家さんで、実を言うと、結構突っ込みどころが多い。多いのだけど、クライマックスの壮大さには舌を巻く。凄い巧いと思う。あと引く作家さん。かなりツボです。いい編集さんと組んで、時代考証や、思想、言葉遣いを徹底しながら書いたらもっといいだろうなと思う。

・「犬は勘定に入れません」コニー・ウィリス
犬は勘定に入れません...あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎
長いんだけど、めちゃくちゃ面白かった!「ドゥームズデイ・ブック」といい、「犬勘定」といい、キャラクターがすごくいい。とにかく巧い。大森望さんの翻訳もすばらしい。女性コトバが洗練されている。

・「黒いトランク」鮎川哲也
黒いトランク (創元推理文庫)
クロフツの「樽」を髣髴とさせるのは、設定が似てるだけじゃないと思う。読み終わったあと、もう一度読み返したくなる。重さとドラマがあるなー、と。それにしても、かなり複雑!そのあたりも「樽」といい勝負。

・「デス博士の島その他の物語」ジーン・ウルフ
デス博士の島その他の物語 (未来の文学)
比類なき物語!深読み必須。「アメリカの七夜」は謎だらけ。ラストの「眼閃の奇蹟」で、気持ちが救われた感じがした。短編集なのにね。一冊を通じてものすごかった。巧くいえないなぁ。ああ、じれったい。

・「デッドアイ・ディック」カート・ヴォネガット
デッドアイ・ディック (ハヤカワ文庫SF)
今年はヴォネガット逝去のショックが大きくて、著書の大半を読み返したが、なかでも「デッド」は凄いと思った。調子がいい、構成がうまい、あっと驚くサプライズがそこかしこにある。やがてページの残りが少なくなり、物語の終わりに気がつくと読者たるわたしは、寂しい気持ちになる。

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