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2008年3月 アーカイブ

2008年3月 9日

アインシュタイン交点(The Einstein Intersection)

アインシュタイン交点 (ハヤカワ文庫SF)
サミュエル・R. ディレイニー Samuel R. Delany 伊藤 典夫
4150111480


むぅ~~。どうしよう。困った。どう解釈すればいいだろう。再読しないと絶対ムリだ。ただ、ヴィジュアルが目まぐるしく浮かんでは消えるような描写はすごい。イマジネーションを掻き立てる。訳者による翻訳解説と、あとがきがなければ、こんなに困る本はない。とてつもない未来の原始のお話、という感じかな。行間から、音楽と色彩が飛び交う。残酷さも含めて様式美に昇華されちゃってる。そんな物語、と言っては強引過ぎるか。再読しないとムリ、わたしは。


2008年3月16日

マイナス・ゼロ

マイナス・ゼロ (集英社文庫 141-A)
広瀬 正
4087504913

NORIがすごく好きな作家さんで、いろいろな人から「YOUCHANも好きに違いない」と薦められてきた 広瀬正にようやく着手した。長編第一作で、解説は星新一。それにしても、古本のこの高騰ぶり、なんとかならないものか。興味を持った方が、お近くの図書館で借りられますように。

初めて読んだ広瀬正は、なんとミステリの筆致を持った作家だとわかった。壮大な謎解きにSFの手法をうまく絡めた、複雑な、しかもエンターテインメントとしても一級品の力作。長編第一作がこれというのはすごい。「ツィス」など、まだ味読……じゃなくて未読作品が控えているので、楽しみである。ページを繰る手が止まらない、とはこういう作品の事を指す。

特に、昭和初期の描写の鮮やかさは、今までになかったタッチだと思った。昭和のはじめといえば、写真でもモノクロしかないし、当時の探偵作家でさえも、描写をあえてモノトーンで描いているような印象すら受ける。が、広瀬のタッチは、色鮮やかに、たとえば銀座の町並みを描き出し、女たちの化粧についても描写する。技術的な裏づけを忘れない。ううむ、とうなる。

肝心の内容については、ネタバレになるといけないので極力控えるが、「先生」の描写がもっとあっても良かったのではないか。それから、遺伝子的にアレってどうなの!?と、タイムパラドックス以上に疑問点があった。タイムパラドックスを描いた作品のなかでは、ぎりぎり……いや、ちょっと行き過ぎちゃった感は否めないかな。そして、ラストは無理やりまとめに入りすぎてないだろうか。あっけなさ過ぎると思ったのだが……。

と、やや辛口に書いてみたものの、 面白かったことは事実。面白かったゆえに、期待値が高くなり、納得できないところについての不満が大きくなるのは、ミステリの宿命なのだ……ってコレSFだった。

復刊ブームの昨今、広瀬正の再復刊が待たれる。

2008年3月17日

忘れ貝

忘れ貝
三咲 光郎
4163235205

Amazonの画像がないなぁ。いい表紙なんだけど。

この作家さんにしては珍しい、現代をモチーフにした作品で、テーマは「癒し」と言っていいと思う。私自身は「癒し」という言葉が好きではない。正確に言うと、今、世間で氾濫している「癒し」の使い方がいやなのだ。カワイイものやキレイなものを見たり聞いたりするだけで癒されるはずなんかない。それは一時的に慰められているだけで、しばらくすればまた痛みは戻ってくるのだから。

しかし、この小説では、「癒し」について真っ向から取り組んでいる。「癒し」とは、自力で得なければならない「力」であって、その後押しになるものが、環境であったり、家族であったり、他人であったりする。「癒し」としてそれらが作用するかどうかは、本人がどう立ち上がって、その場から一歩を踏み出すかにかかっている。

内容については触れられないが(できるだけ予備知識なしで読んでほしいと思った)、喪失感から立ち直れない人には、ひとつのきっかけを与えてくれる本だと思う。この小説のラスト、勉とその友人たちに後押しされるように歩を進めた美奈子の姿が、自分自身の立ち直りのイメージとも重なる。また、そんな風に一歩を踏み出せたらいいと思った。

こんな小説を書いてくれてありがとうございます。

2008年3月28日

九百人のお祖母さん(Nine hundred grandmothers)

九百人のお祖母さん (ハヤカワ文庫SF)
R・A・ラファティ  浅倉 久志
4150107572

その昔、入手していたものの、度重なる引越しやらなんやらでどこかになくしてしまったラファティ。偶然、古本屋さんで上製版を発見したので(しかもリーズナブルだった!)今度は無くしませんと誓いを立てて再購入した。

当時購入した文庫の表紙は、コミカルなおばあさんのイラストがちりばめられている、とてもPOPなものだったと記憶している。Amazonの画像がないなぁ。まぁいいや。80年代、ヴォネガットにかぶれ、その訳者の手によるものだし、書店ではのきなみ平積みだし、「爆笑」って帯に書いてあるし、だったら絶対面白いに違いないと思って購入した。ところが、ちっとも頭に入らなかった。当時、グレッグ・ベアで一度SFを挫折した経験があり、2度目の挫折だったため、SFは向かないんだと決め付けてしまったのを思い出す。

ところが、20年近くたって読み返して、ようやく理解できた。グレッグ・ベアはともかく(だってあちらはハードSF)、この面白さは、大人になってわかる代物だ。表紙に騙されてはいけない。

「九百人のお祖母さん」に収録されている短編は、意図的かもしれないが、後半に行くほど、どんどんタガが外れていく気がした。収録順については、浅倉久志氏が読後感を損なわないよう配慮されているので、それは間違いないかなと思う。印象的なのは、やはり表題作(この面白さ、当時じゃ絶対わからんわ)。そして、中でもとりわけナンセンスなのに好感度が高かったのはラストの「千客万来」。「日の当たるジニー」は奇想小説の最高峰っていう感じ。関西弁の「ブタっ腹のかあちゃん」、なぜに関西弁!? すごい面白いですわ。ゼッキョー、ゼッキョー!の「町かどの穴」はシュールでドタバタ!

そしてひとつ気がついた。ラファティの書く物語の、ちょっと常識とのバランスがずれているこの感覚は、ムーンライダーズの詞に近いものがある。個人的にはそう思った。同意が得られるかどうかは自信がないが、そんな気がした。うーん、なんかめちゃくちゃ個人的な書評になっちゃったなぁ。まぁいいか。

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