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2008年8月 アーカイブ

2008年8月 4日

忌館 ホラー作家の棲む家

忌館―ホラー作家の棲む家 (講談社文庫 み 58-1)
三津田 信三
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三津田信三のデビュー作「ホラー作家の棲む家」を改題し、改訂された「完全版」として文庫化されたもの。絶版状態だったので文庫化は嬉しく、書店で見つけ四の五の言わずに入手した。

まず、なんといっても「忌館」は怖い。暗闇への畏怖が、見てはならないものへのあくなき好奇が、全体を覆い隠している。本の中に本が登場する手腕は、夢野久作「ドグラ・マグラ」を髣髴とさせつつも、交互に差し込まれる小説の中の小説と、小説の中の現実は、次第に境界線が失われてゆき、読者は作家の目眩ましに遭う。

それゆえ、ラスト間際の「謎解き」は難解を極めている。殺人があって、探偵が登場し、居間に遺族がずらりと並べられて「犯人はあなたです」と指される的な「謎解き」ではない。じっくり腰を据えないと先述した「目眩まし」に翻弄されるからだ。本文後に追記された「跋文」そして「西日」まで完璧な構成になっているが、これらは決して解題ではなく、謎はより深くなる。そんな点も見逃せない。また、この小説は作者「三津田信三」の体験記として綴られているため、本文内には実際に活躍している作家や評論家の実名も出てくる。しかし、「そうではない作家」の名前もしれっと紛れ込んでいる。どこからどこまでが虚なのか実なのか。翻弄されることを楽しむのも、また一興。

それにしても三津田氏は、ほんとうに乱歩が好きなんだなぁと思った。乱歩が好んで記していた言葉「うつし世は夢 夜の夢こそ真」、これがこの小説のテーマなのではないだろうか。吸い込まれるような真っ暗な夜空や、暗闇の茂みが姿を消しつつある現代に、三津田信三が執拗なまでに表現した「闇」はどこまでもいとおしく、そして恐れおののくべき存在だと思った。

2008年8月 5日

アジアの岸辺(The Asian Shore)

アジアの岸辺 (未来の文学)
トマス・M.ディッシュ
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先日、惜しくも自殺してしまったトマス・M・ディッシュの日本オリジナル短編で、編者は若島正。表題作含め、本邦初訳のものが多いとのことだが、現時点で邦訳済みのディッシュ作品そのものが入手しづらい現状があるので、いずれにしても貴重な一冊に変わりはない。

クールな印象から羽目を外した感覚のものまで、かなりヴァラエティに富んだ作風だった。「いさましいチビのトースター」しか知らなかったが、いや驚いた。「犯ルの惑星」と「トースター」が同じ作家の手によるものとは......。皮肉と風刺が利いた作品が多く、編者あとがきで「知的で意地の悪い作風」とあったのに納得した。収録作品の中で群を抜いて評判の高い「リスの檻」のほかでは、私個人的には「降りる」がとても気に入った。不条理以外の何者でもない、この作家の目線ときたら! 

名著と誉れ高いサンリオSF文庫「キャンプ・コンセントレーション」「334」「歌の翼に」の再販を願いつつ、ディッシュの冥福を祈りたい。R.I.P.

2008年8月15日

特別料理(Mystery Stories)

特別料理 (異色作家短篇集)
Stanley Ellin 田中 融二
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スタンリイ・エリンのミステリ短編集。ミステリといっても、犯罪が起きて、犯人を追跡して解決といったお定まりの手法は用いられない。ミステリにとって「殺人」は大きな出来事のはずであるが、エリンにとっては、それ以上にそこに至る過程や心理こそがメインである。ドラマチックに殺しの様子を描くどころか、一,二行の中にその行為がさらりと添えられているに過ぎない。

EQMMでも大絶賛されたという表題作「特別料理」はまさにスペシャルな味わいだった。一冊に十篇のも作品が詰め込まれており、あっという間に読み終わってしまうが、十篇が十通りの魅力を放っている点にも注目したいし、さすが「異色作家短編集」に納められているだけはある。九篇を味わったあと、添えられたラストのデザートは「決断の時」という短編で、このデザートの余韻はずっと尾を引くだろう。上質な短編ミステリのフルコース、召し上がれ。

2008年8月24日

たったひとつの冴えたやりかた(The Only Neat Thing to Do)

たったひとつの冴えたやりかた
J.ティプトリー.Jr 著 浅倉久志訳
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すでに文庫として刊行されている「たったひとつの」からスピンアウト、改訳されて出されたソフトカバーの本。新書サイズでとても軽い。上質な本といった印象。短編三つのうちの最初の物語を抽出して一冊にしたものなので、あっという間に読みきることができる。行間もゆったりしているので、電車で読むのに最適。

それにしても、なぜこれなんだろうか? という気がしないでもない。が、文庫版の少女漫画炸裂の表紙と挿絵が恥ずかしい人にはコッチのほうが絶対いいし、人にも勧めやすいボリュームとセンスなんじゃないかと思った。肝心の改訳は、同じ翻訳者の手によるもので、さすがとしか言いようのないスムーズな言葉運びであるが、旧約版でちょっと気になった時代を感じさせる言い回しが、全てきれいに取り除かれ、洗練度が増している。旧版(というか文庫版)で満足している人には別段どうということはないと思うが、ティプトリーに興味を持っている新しい読者には大プッシュしたい。最初に読んでほしい一冊。

それにしても、コーティーとシルのやり取りは瑞々しさに満ちている。いいなぁー。

子不語の夢

子不語の夢―江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集
浜田 雄介
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江戸川乱歩と小酒井不木の手紙を収録した本。乱歩デビューから不木が没するまでのたった数年間の手紙のやり取りが収録されているが、それにしても乱歩はなんとまめな人であろうか。彼は不木から受け取った手紙をあますことなくファイリングしておいたらしい。この収集癖よ。几帳面さよ。一方、不木はといえば、手紙がずいぶん流出していたようで、今回この本が編まれた背景には、そういった状況を打破する目的もあったようである。不木書簡が乱歩よりも多いのは、乱歩が几帳面に手紙をとっておいたからと見て取れる。

この几帳面さと偏執的な性格は乱歩そのものだと感じた。江戸川乱歩とは、完全主義者で論客でビッグネームな上、自分自身に課する理想が甚だ高い人だった。乱歩にとって、周囲の評価とは裏腹に、発表する作品に心底から満足できずにいたのは、手紙のやり取りを見てもありありと伝わってくる。一方の不木から見たら、乱歩の持つ天賦の才に憧れと尊敬を抱いており、とにかく褒めちぎる。乱歩にとって不木は作家になるにあたって恩義ある先輩であり、かけがえのない存在であった。と同時に、かなり重かったろうなぁ。

不木はプロデューサー的な手腕を振るい、名古屋在住といったハンデを考慮しても周囲には人がたくさん集まっていたと思う。が、病身ゆえか寂しがり屋で、相当乱歩に気持ちを傾けていた。この温度差が切ない。最後が乱歩書簡で締められており、あて先は不木夫人である点も切なすぎる。

......といった感想を持ちえたのは、書簡の下に書かれた注釈のためであろう。この注釈がすごい! マニア的な視点でその時代背景を掘り下げ、人物像を浮かび上がらせる。注釈がこんなに面白い本はそうそうない。ホントカヨ!と読者として突っ込まずにはいられないような、ときに独断的な、往々にして客観的な解説には頭が下がる。

それにしても、付録のCD-ROM、すごいねぇ。すごいけど、できればこっちも本にしてほしい。高解像度で取り込まれた書簡や写真の数々、モニターで見るだけでは惜しい。乱歩の「貼雑年譜」と一緒に読むと楽しみ倍増の一冊。

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