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2008年9月 アーカイブ

2008年9月 4日

追憶のハルマゲドン(Armageddon in Retrospect And Other New And Unpublished writings on War and Peace)

追憶のハルマゲドン
カート・ヴォネガット 浅倉 久志・訳
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ヴォネガット没後一周年を記念して出版された未発表短編集を中心に編まれた本。序文は長男のマーク・ヴォネガットによるもので、これがすこぶるよい文章で、ほんとに泣ける。身内だから書ける追悼文だと思った。ヴォネガットのすばらしさを再認識できた。

収録されている短編集の大半は、第二次世界大戦をモチーフにしたものである。ヴォネガットのエッセイで戦争について語られている本を読んでいたせいか、ちょっと身構えていたが、収録されている作品はユーモアにあふれ、爽やかさすら感じられた。人を描くことに力を注いだヴォネガットならではの着眼点だと思った。

中には、ヴォネガットにしては珍しくミステリタッチの作品がある。「サミー、おまえとおれだけだ」がそれで、これまで発表されたヴォネガットの小説の中でかなり珍しいタッチだと思う。言ってみれば倒叙法か。最初に結末を描くことを信条としたヴォネガットらしい。

唯一、戦争に関係のない作品が表題作であるが、これがどうして未発表だったかと驚いた。というのは、実を言うと、短編ではなかなかヴォネガットらしさを味わうことが難しいのだが、この短いお話の中にはそれがある。読後感はまさにヴォネガット。なぜこれを表題作にもってきたのか、判ったような気がする。

それから、これだけは言っておかなくては。やはりヴォネガットは浅倉久志訳でなくては。今回、つくづく思った。優しさとアイロニーが表裏一体になっているこの語り口こそ、わたしが知っているヴォネガットだから。

お帰りなさい、ヴォネガット。また会えて嬉しいかったです。ほんとうに、ありがとう。R.I.P.

2008年9月11日

死よりも悪い運命(Fates worse than death)

死よりも悪い運命 (ハヤカワ文庫 SF ウ 4-19)
カート・ヴォネガット 浅倉 久志・訳
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1991年に出版され、93年に邦訳・上製判として出版された幻の一冊がこのたび初の文庫化となった。カバーは原著の写真を和田誠氏の手でイラスト化されたもので、とても軽やかで好感度がアップしていると思う。また、上製版では割愛されていた「付録の扉のイラスト」が収録されているなど、細かな点でチューンナップが図られていて楽しい。

肝心の本編はヴォネガット節全開で、ところどころにジョークや軽口も見られ、とても読みやすい。本文中では、15,16章あたりが特に力が入っていると感じた。しかし、全体の内容が重いので、読みはじめればページを繰る手は軽快でも、一度本を閉じると次に開くのに少々のためらいを感じる。

たとえば、筆者が自殺を図ったくだりや、ナイジェリア訪問記がどうにもつらい。自殺云々のくだりは、その直前まで結構楽しい話題になって、重苦しい話題からやっと開放されたとほっとしていた読者は急転直下の展開にうろたえることになる。これには結構堪えた。また、ナイジェリア訪問については、彼の著書「スローターハウス5」でビリーが無感覚になる描写があるが、それを体現している、とでもいおうか。淡々としている故に恐ろしさが際立っている。リアルだ。

全体を通していえることは、アメリカ国民に向けて書かれたメッセージを外国人(日本人のわたし)が受け取ることの居心地の悪さのようなものがぬぐえない、の一点に尽きる。そこを意識した上で読む必要がある。まず価値観が違う。習慣も違う。そもそもヴォネガットのエッセイは全部そうなんだけど、いつものヴォネガット節ゆえに油断しないほうがいいかも、と思った。

とはいうものの、ドイツ系アメリカ人の老作家が16年前に発したこの警告は、21世紀の今なお有効である。耳障りが悪くとも、気持ちが重くなろうとも、そしてアメリカ人でなくとも、読まなければならない本であることには変わりがない。

2008年9月23日

一九三四年冬-乱歩

一九三四年冬‐乱歩
久世 光彦
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久世光彦による、実在する作家をモチーフにした創作。実によく調べてある。そして作中作「梔子姫」は本当に乱歩の手によって書かれたかのような手腕で、これにも驚く。

文中の乱歩は、乱歩が随筆などで垣間見せる、情けなく、自信がなく、寂しがりやで、自尊心が強い性格を、二倍増し程度に誇張した印象があり、ユーモラスでさえある。舞台となった張ホテルや中国人美青年の描写が実によい。艶かしく、ノスタルジックである。

ただ、ラストで提示された謎解きが結局放置されたままなのが残念。

2008年9月27日

Way to Normal

ウェイ・トゥ・ノーマル
ベン・フォールズ
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ベン・フォールズといえば泣かせるツボを押さえたメロディーラインと、パンキッシュなピアノプレイが象徴的だが、良くも悪くもベン・フォールズ・ファイヴ時代との境目がほとんどなく、そんなシンガー・ソング・ライターであるという印象をずっと持っていた。確かに発表されるアルバムごとに施された工夫は随所に見られるし、丁寧に作られている。それは確かなのに、ずっと聴いているとデジャヴかと錯覚を起こすこともある。

ところが、日本先行で発売された新作「Way to Normal」は、そんなベンの印象がこれまでとは違うように感じた。なによりも大きく異なるのは歌い方だと思った。健やかないつもの声を期待するが、すこし違う。ピアノの旋律も美しい、しかしどこか違う。

音楽的な専門知識を持ち得ないので、こう言っていいかわからないが、ベンはBF5のデビューから15年にして、エポック・メイキングたる作品を生み出すことに成功したんじゃないかと思った。リスナーが期待するいつものBF5的なものから距離を置き(あるいは別の立ち居地を見つけて)、ただただ好きなポップスやロックを違う方法で消化して具現化することに成功していると感じた。15年目にして達したこの境地、とは言うものの聴くものを拒絶することはなく、それどころか懐が深くなっているようにも感じた。ユーモアもばっちり、たっぷり。たいしたアルバムを作ったものだ。ベン・フォールズ史上、文句なしの傑作だと思う。

2008年9月28日

誘拐児

誘拐児
翔田 寛
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江戸川乱歩賞受賞作品ということで書店に平積みされており、POPでも結構賞賛されていたので気になって入手。話の運びがドラマチックで、読んでいて飽きさせない。ミステリの醍醐味を十二分に味わえ、充実の読書時間が堪能できた。青年と彼女と刑事二組が徐々に確信へと迫る描写は迫力すら感じた。

が、登場人物の二組(四人)の刑事の区別がつきにくかったのが残念。また、途中で犯人のめぼしがすぐに付いてしまった(だって他にいないもん)。いずれにしても、誘拐児が誰なのかがすぐにわかってしまうあたりで興味は半減してしまうことから、これって倒叙法で書かれたほうが面白かったんじゃないか......などとえらそうなことを思ってしまった。すごく面白かっただけに、読後感が「うーん、なんか惜しい」だったので、欲が出てしまったのかも。

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