大統領の密使
大人向けに書かれたオヨヨ大統領シリーズ第一弾。スラップスティックぶりはジュブナイル版から引き継がれていて相変わらずなんだけど、子供向けのときのほうが切れがよかった気がする。キャラクターの描写のせいだろうか。大人のばかばかしさをシビアに見つめる冷たい子供の目線というのは、却ってこういうナンセンスドタバタ系には必要な要素なのかもしれない。ということで、ちょっと残念。犯人は意外だった!
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大人向けに書かれたオヨヨ大統領シリーズ第一弾。スラップスティックぶりはジュブナイル版から引き継がれていて相変わらずなんだけど、子供向けのときのほうが切れがよかった気がする。キャラクターの描写のせいだろうか。大人のばかばかしさをシビアに見つめる冷たい子供の目線というのは、却ってこういうナンセンスドタバタ系には必要な要素なのかもしれない。ということで、ちょっと残念。犯人は意外だった!
オースン・スコット・カードのローカス賞受賞作品。クリスマスシーズンと言うこともあり、今(2008年11月)の書店で平積みになっている。
この作品を知ったのは、短編版の「消えた少年たち」の論争について書かれたものを読んだからだ。「日本SF論争史」の「伊藤典夫」の章がそれだ。実際に起きた出来事をフィクションに織り込んだ内容に、本国アメリカで批判の的になっていたところ、日本の伊藤典夫氏が擁護した。これが海を越え大論争となった......というものであった。このくだりが非常に興味深くて、これは是が非でも「消えた少年たち」をぜひとも読んでみたい!と思っていたところだった。
わたしが手にしたのは長編版で、上下巻に分かれている。上巻は、今で言うところのブラックな会社に就職してしまったために大変な目にあう一人のエンジニアの奮闘記と読んでよい。かなりリアルで、身につまされる人も多いのではないかと思った。また、全体を貫く夫婦の信念、モルモン教についてもすんなりと読めた。この宗教観は大きな柱ではあるが、この物語のテーマではないので、信者でなくとも読む上で障害になることはなかった。
下巻に入って、ようやくタイトルの「消えた少年たち」にふさわしい内容に移行してゆく。読んでいくウチに、だいたいコイツが怪しいなぁと推測はできたが、犯人探しが主軸のミステリではないので、そんなことはいい。とにかく、14章に尽きる。ここではもう涙が止まらず、涙で潤む紙面から目が離せず、嗚咽しながらページをめくった。こんな涙をいつ流しただろうと振り返ると「アルジャーノン」以来かもしれないと思った。(奇しくも訳者は同じ、小尾芙佐さん)
わたしを泣かせたラストの描写は、これまでの伏線がするすると鞘に納まってゆくカタルシスが静かに、そして穏やかに描かれている。壮絶なラストだと思った。しかしその筆はいたって穏やかで、感動的だった。背景に横たわる、ゆがんだ社会の描写をここまで痛々しく映し出しながらも、こんな風に穏やかに描ける力は本当にたいしたものだと思う。論争はともかく(興味はありますが)、実に良質なSF小説だと思った。
ベトナム系作家、リン・ディンの短編集。一篇がとにかく短い。一ページに満たないものもあり、この表現方法はいかにも詩人らしいと思った。貧困に対する恨みがましさや、その恨み辛みでゆがんだ人間性を暴き出すような作品が多く、この手の「奇妙な小説」にはあまりないタイプと感じた。リン・ディンを指して「奇想の手前」と評した文章をどこかで読んだ。彼の紡ぎだす文章表現が特徴的であって、描き出される世界観が奇妙奇天烈ではないということだろう。皮肉さと自虐がうまく混ざり合った、しかし読後感は決して悪くない不思議な感触の本。
アンナ・カヴァン、死の前年に書かれた長編。85年にサンリオ文庫から出ていたものを、同じ訳者による大幅な改訳が施され、今年リリースされた。夏に出た本だと思うが、この本を本当に読むのにふさわしいのは今の時期なんじゃないだろうか。寒い、凍えるような季節がいい。
自身に酔いしれるような男の、身勝手とも取れる行動が延々と綴られており、現実と幻覚が何の前置きもなく入り混じる。この描写に読者も酔うことになる。文章に翻弄されて、その高揚感にともに流される体験が満喫できた。
登場人物にはひとりも名前がない。彼らの行動は、実に自分本位でありながら弱々しく、痛ましさすら感じるが、氷と雪に覆われた世界とあいまって、読む間、ずっと不安な印象を抱き続けた。また、具体的な国名なども当然ないが、極寒の地に、氷に覆われていく世界の終わりを描き出した筆致は果てしなく美しい。夢野久作「氷の涯」のラストを髣髴とさせる。印象的だった。
カヴァンの生涯の壮絶さはともかく(解説に詳しい)、個人的には改訳版を出すに至った経緯などを記してくださった山田さんの訳者あとがきがとてもよかった。拍手。