夜の果てへの旅(Voyage au bout de la nuit)
夜の果てへの旅
Louis‐Ferdinand C´eline 生田 耕作 訳
ヴォネガットが「スローターハウス5」を書く際に着想を得たと言われる、ルイ・フェルディナン・セリーヌの文壇デビュー作。1932年の作品。日本語版は1994年に訳者が没する直前まで手を入れ続けたもので、渾身の一冊と言ってよい。(上下巻なので二冊ですが)。独特の言い回しが特徴的で、はじめはこれおもしろいだろうか、読み通せるだろうかと不安になっていたが、この奇妙な文体に慣れていくうち、どんどんはまってしまった。
半自伝的小説らしく、主人公の名前もフェルディナン、作者と同じ名前を持つ若者である。貧困に対する、どうしようもないほどの諦めと憎悪がリアルに迫ってくる。追い詰められた境遇にあって、人がどんなに美しく生きるのかを説く小説が多い中、セリーヌはずばり貧困のもたらす、膿み爛れた人間性を暴き立てる。
主人公のフェルディナン・バルダミュは、ごくごく普通の青年だと思うし、才能もないわけではない。バルダミュの人生を追いかけると、彼の人生は言うほど爛れたものではないし、なかなかうまくやっている方ではないかと思う。ただ、バルダミュを取り巻く人々はどうもそうとは言い切れないものがあり、人生っていうのは、当事者の才能そのもの以上に、取り巻く環境が大きいのかもしれないとつくづく思った。違った環境に行けばもっと自分自身が発揮できるかもしれない、もっと幸せになれるかもしれない、と放浪生活を続けるバルダミュの姿勢は、現代人にも当てはまるだろう。
そして、バルダミュの人生に影のようにつきまとったロバンソン。読むうちに、この老人の姿が一人の作家と被って見えた。その作家の名は、キルゴア・トラウト。ロバンソン・レオンとは、もしかしてキルゴア・トラウトのことなのだろうか。「タイムクエイク」で、ヴォネガットが用意したトラウトの末路が孤独ではなかったことは、回り回って幸せなことだったんだなぁと思った。

