雪男たちの国
ノーマン・ロック / 柴田 元幸:訳 
不思議な物語だった。この記録を書いたのは、ジョージ・ベルデンという建築家で、ベルデンが合流したスコット隊は実在した南極探検隊である。しかし、編者であるノーマン・ロックが「偶然発見」した、この手記の筆者・ベルデンという人物、どこまでが本当なのか。そもそも、スコット隊が凍死したのは1912年で、ベルデンがスコット隊と合流したのは1913年である。眠りにつくときはフィラデルフィアで、目が覚めたら南極だった、という主張もおかしい。そして、物語で起きたことはあらゆることが「幻想」と言い切っても良いだろうし、挿入されているベルデンの絵画も、建築家のものと言うより、DADAのようにシュールだし、不安を誘う。
「物語」とはこうでなければ、と思う。作者は(あるいは読者は)おぼつかない足取りで、現実と非現実が曖昧に溶け合う境界線上を辿り続ける。この筆が、ベルデンによるものなのか、ベルデンの筆を借りたロックという作家のものなのかは、どうでもいいのかもしれない。が、この「とらえどころのなさ」は、幻想的な氷の涯てでおきた不可思議な出来事に、より鮮烈な印象を植え付けるのに大きな役割を担っているのは間違いない。寒い季節が一番似合う「物語」。