ユダヤ警官同盟(The Yiddish Policemen's Union)
ユダヤ警官同盟〈上〉 (新潮文庫)
Michael Chabon 
8月はこの本にかかりきりだったと言っても過言ではない。今月の上旬に上下巻とも読み終えたものの、その展開が気になって読み飛ばしたせいで、いまいち登場人物たちの行動の源が把握できず、釈然としなかった。そこで、もう一度、今度はじっくり腰を据えて読み直したのだが、読み直して大正解だった。この本は、深い。
まず、なんといってもあまりに自然すぎて、初読では「歴史改変物としての凄味」に重きを置かなかったのだが(もう台無し!!)、第2次世界大戦でドイツが戦勝国となったことから始まるのだ! つまり、ユダヤ人にとって、それは解放を意味しない。あまりにも大きな出来事を示唆している。舞台となっているシトカはアラスカ州のユダヤ人自治区で、戦後60年を経て、あと数ヶ月で自治区は解散。アメリカに返還される。ユダヤ人はどうする? どこかへ移り住むしかない。どこへ? 訳者あとがきで、ディックの「高い城の男」が引き合いに出されていたけれど、そうだよ、ユダヤ人の末路はシェイボンが描いたような状況になっていてもおかしくないはずだ!
と、再読して改めて呆然とした。そこをしっかり見据えて、そのうえで、ユダヤ人を支えているユダヤ教にも目を向けながら読み進めた。救世主の出現を待ち続けているユダヤ人、救世主はどこから来る? どこにくる? どうやって降臨する? そんなことがぎりぎりと絡み合って、物語が展開する。日本人にとってなじみの深い宗教は仏教と神道だけれど、土地を追われる悲劇もないし、救世主という概念も違う。宗教の成り立ちが圧倒的に違う。だから、なかなかぴんとこないのだと思う。大離散を歴史上、何度も経験してきたユダヤ人のアイデンティティについて、もっと論じる場所が必要だろうし、あるいは詳しい解説書があればいいと思う。詳しい人がBlogで解説を書いてくださるのを待ちたい。
アイデンティティについて触れたけれど、この物語は、それを求めてる人間の物語と言い変えてもいいと思う。主人公のマイヤー・ランツマンもそうだし、メンデル・シュピルマンは別の立場ではあるけれど、そうだったと思う。いやもう、なんて言っていいか。それにしても、メンデルとナオミ、回想シーンにしか出てこないのに、なんとも愛着のわく人たちだ。特にメンデル、切なかった。
それから、これは書いてもネタバレにはならないだろうと思うけど、上手いなぁと思ったのは、デニス・ブレナンの立ち位置。いやもう、なんというか、これって因縁なんだろうなぁ。
「SFと思ったら違った」と書く人がAmazonで多いけど、ここまで大きく歴史を改変してるのに、なんでSFと呼べないのか、そっちのほうが疑問。今年一番おもしろいSF小説だった。おそらく、この先も再読すると思う。ランツマンやベルコやビーナにまた会いたいから。彼らの粋でしゃれた会話に浸るだけでも読む価値がある。ハードボイルドを臭くない日本語に置き換えた翻訳が非常にすばらしかったことも付け加えておきたい。
余談だけど、コーエン兄弟による映画化の際、タイトルを「ハードボイルド・ワンダーランド」とかに変えるのだけはやめてほしい。漫画化するなら浦沢直樹氏にお願いしたい。浦沢氏はドイツ人を描かせると世界一上手い。
ユダヤ警官同盟〈下〉 (新潮文庫)
Michael Chabon 

