第二文学山房

スローターハウス5(カート・ヴォネガットJr.)
今年、40歳になったわたしが描いたもの。2008年版。 デジタル作品。
20年間に一体何があったのかとおもうほど、色使いが明るくなる。
が、基本的な構成が20年たっても変わらない。そういうものだ。

20年前の1988年型の作品

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スローターハウス5

スローターハウス5

わたしが初めて読んだヴォネガットがこの作品だった。18歳だったと思う。
当時、ZELDAというガールズバンドがあり、彼女らのアルバム「カルナヴァル」に
「スローターハウス」という曲があった。
「11セント綿 40セント肉 雨が降り出さないように 今日もお日様 天に祈る……」 不思議な曲だった( ※ )。
歌詞の意味はよくわからないが、物悲しいメロディーが妙にマッチしていた。

インナースリーブを見ると、文末に英語で「Kurt Vonnegut Jr.」の文字があり、作者名とわかった。
そして、この「Slaughterhouse-Five」という小説を下敷きにしていることも。
早速、書店に行った。それまでSFなど読んだことのなかったわたしが、初めて手にしたハヤカワ文庫だった。

初めて読んだヴォネガットは衝撃的だった。
交錯する時間軸、あらゆることに無感覚になってゆくビリー。
「偶然」とは特別なはからいがあって特定の誰かさんのために起きているものではない、とヴォネガットは強調する。
この価値観は、18歳の少女の人生観を大きく左右したといっても過言ではないだろう。

この小説の意味する深いところはほとんど理解できなかったと思うが
(だからその後、20年来何度も何度も読み返しているのだけれど)、
ヴォネガットに惹かれるものを感じた。
それ以降、わたしはヴォネガットのすべての著書を買い求め、繰り返し読み、熱烈な愛読者となった。

今回展示しているB1サイズの2枚の「スローターハウス5」、
パネルのほうは20年前のわたしが卒業制作で描いたものだ。
なんてへたくそなんだ! チンパンジーが描いたのか。
剥がれ落ちかけたインスタント・レタリングも、もの悲しさをさらに強めるが、
このチンパンジーはそれでも一所懸命描いている。

20年経って、いつの間にか剥がれてしまった保護ビニールシートをもう一度張りなおした。
20年ぶりのビニール張り。できるかなと思ったが、どうやら体が覚えていたらしい。
20年後の今年、わたしは40歳となり、デジタル画材で「スローターハウス5」を描いた。
見た目はずいぶん変わったが、よくみると描いてる内容にほとんど変化がない。
チンパンジーから石器時代くらいには進化しただろうか。
そうであってほしい。恥を忍んで、ここに公開する。まあ見てやってください。

※ ZELDAの歌詞は、小説中、ビリーの結婚記念日のパーティーでカルテットが歌った一節。