スラップスティック―または、もう孤独じゃない (ハヤカワ文庫 SF 528)
カート・ヴォネガット 浅倉 久志
副題は「または、もう孤独じゃない!」。ヴォネガット1976年の作品で、昨今のヴォネガット復刊ブームのラインナップから外されてしまった一作。ここでのテーマは拡大家族。そう、ヴォネガットが生涯テーマにした「拡大家族計画」だ。こんな重要な本が復刊されていないなんて! この本をはじめて知った人が図書館で読めますように。
「スラップスティック」は、設定も展開も登場人物も、なにもかもがハチャメチャで奇想天外。特に、主役のスウェイン医師と姉のイライザとの「お祭り騒ぎ」のくだりは爽快そのものだ。この爽快感がヴォネガットらしさなんだなぁ。
テーマ的としては、「猫のゆりかご」でヴォネガットが提唱したボコノン教をうんと推し進め、現実的にしたもののように感じた。人びとをカラースで分類した代わりに、「スラップスティック」ではミドルネームを政府が発行し、無数のいとこ兄弟姉妹を提案した。アイス・ナインで人類が瀕死のふちに立たされる代わりに、重力の激しい変動を用意した。SF的な要素が濃いながらも、「タイタンの妖女」のようなやりきれなさは感じなかったし、「猫のゆりかご」のように突き放した絶望感も感じなかった。ただ訪れるものを受け入れつつ、人々が変容していくことにも動じず、淡々と生きてゆく数少ない登場人物のありようは、ヴォネガット文学を貫く普遍的なテーマに則っている。この作品は、設定の奇想天外さにおいても、根底に流れるテーマの普遍性においても、ヴォネガットらしさがバランスよく含まれている。秀作。
なお、訳者あとがきでは、拡大家族のヒント、星座占いがなぜこうまでも受け入れられているかについてヴォネガットが語ったコトバが引用されていたが、この作品を理解するうえでとても大きな助けとなった。うーん、さすがだ。
追記:2008年9月に復刊しました。