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2004年11月12日

語りすぎてはいけない

唐沢俊一氏の日記に、
「知識をひけらかし自分たちをバカにする都会ものに対する、
非エリート層の反発がブッシュの力だ」とあった。
結構、これは目からうろこだし、気をつけなくては、と思った。

あまりにも完璧に悪事を暴かれて叩かれている人(政治家とか)を見ると、
正常な判断をもっている人は「そんなにいうほど悪い人じゃないんじゃないか」
という感覚が沸き起こるもの、とも書かれていた。
実はわたしもそれは感じていたので、なんだか納得しちゃった。

語りすぎずに、押し付けずに、きちんと思いを伝えるには、
雄弁なコトバをもたぬわたしには、やっぱ絵を描くことが一番
「間違っていない道」なのだろうとも思う。
絵ごときでは世界は変えられないし、本当に傷ついた人は、癒せない。
(気分転換できることと癒すことは次元が違う)
しかし、わざわざ傷を深めることはない。
無視を決め込むこともしたくないし。

はて。

投稿者 YOUCHAN : 2004年11月12日 02:38

頂いたコメント

YOUCHAN良い事言うなーー(T_T)
私はYOUCHANのこの日記で目からうろこでした。
この頃ちょっと迷いもあったのだけど
癒されました。
ありがとう。

投稿者 SUGA : 2004年11月12日 07:57

口は災いの元と言うが、小生は無口なので手が災いを呼ぶ・・・。

投稿者 久多爺 : 2004年11月12日 10:10

ぼくも目から鱗でした。(⌒_⌒)

投稿者 ひろてつ : 2004年11月12日 11:50

SUGAさん、ひろさん、
そーでしょ?目鱗でしょ?
反戦をすごく一生懸命にまじめに訴えている人の声が
どうして一般の人に届かないのかの答えが
そこにあるような気がしました。

久多爺、
結構雄弁なほうなのでは?と思ったりして。
(実際おしゃべりかどうかは知らないけど)

投稿者 ゆ : 2004年11月12日 13:46

事の本質は、論ずる誰もが自らを非エリート層だとは
思ってないってことかもしれない。
踊っているのか、踊らされてるのか。

投稿者 tani : 2004年11月12日 22:50

エリート層および、いわゆる「プロ市民」層が、
傍観してる人との間に流れる溝を意識できてるかどうか…でしょうね。
踊る阿房に見る阿房。
と同時に、制作サイドは「センチメントの題材」にしてはいけないと思います。

投稿者 ゆ : 2004年11月13日 00:19

知識があるのならぜひ私にひけらかして欲しい。私はいろんな知識を吸収したい。
感情で判断するには私の心はすでに鈍っているし、得た知識で即判断するほど若くも無い。
沢山の知識と鈍っているかもしれないこの感情をミキサーにかけて私の判断とするしかない。

投稿者 ぱ : 2004年11月13日 18:39