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2008年4月15日

中国とチベットについて

チベット弾圧については、政治的なことだし小難しいので
敬遠されている向きの方も多いと思う。
正直言うと、私自身も、深くは理解していない。
しかし、知れば知るほど、これは根が深い。

ということで、先日読んだ、ヴォネガットのエッセイ
「ヴォネガット、大いに語る」から今一度引用したいと思う。

ビアフラがナイジェリアから独立運動を起こした際に失敗した。
ビアフラの人民は飢えて、そして死んでいくしかない。
ビアフラを訪問したヴォネガットは、そのときのことを
帰国した後にアメリカの聴衆に伝える。

ビアフラのために、わたしたちにできることはないかとの聴衆からの問いに
「なにもないね」とヴォネガットは答える。
あるいは、せめてもの償いに、これからもナイジェリア人を憎むべきだろうか、と。
その問いに、ヴォネガットはこう答えた。

「そうは思わない」

わたしたちができることも、おそらくそうなのだろうと思う。
チベットを弾圧することは間違っている。
しかしながら、だからといって中国人を憎むことも間違っている。
民族浄化という恐ろしい言葉が、聞かれなくなるような世界になってほしいと思う。
思うことは、それだけだ。
あとは、自分のするべきことをするだけ。
仕事をきちんとしよう。
納期を守り、関わる人に迷惑をかけないようにしよう。
請け負っている仕事が、自分のスタンスに合っているかどうか位は
せめてはじめに確認しておこう。

もうひとつ、やはりヴォネガット「タイムクエイク」から引用する。
ぜひ読んでほしい。

トラウトの物語から思いだすのは、わたしの死んだ大叔母のエマ・ヴォネガットが、
中国人は大きらいといったときのことだ。
大叔母の娘婿で、ケンタッキー州ルイヴィルで《ステュアート書店》を経営していた、
やはり故人のカーフュート・ステュアートが、彼女をたしなめた。
そんなにおおぜいの人びとを一度に憎むのは邪悪なことだ、と。

投稿者 YOUCHAN : 2008年4月15日 22:15

頂いたコメント

ダライ・ラマというのは清の皇帝が命名した無数のチベット宗教の中、大きな4つの派閥の一つ、黄教のトップ僧侶の位です。「チベットの最高宗教・・・」云々というこそ、他の流派と宗教の弾圧です。ちなみに教義が一番残酷な宗教で、オームの手本、ポアという言葉の元で、ダライ・ラマの一番弟子は松本教祖という事実、決して忘れてはなりません。

投稿者 暴力宗教反対 : 2008年4月16日 15:01

暴力宗教反対さん、
貴重なコメントをありがとうございます。
この問題、調べだすと、ずるずると
芋づる式に出てくるわ出てくるわ……本当に根深いと思います。
書き込みいただいたこと、個人的には存じておりました。

ただ、わたしが今回の日記で言いたかったことはひとつだけで、
批判の対象は「政治」や「イデオロギー」であって、
中国の人や、チベットの人ではない、ということです。
ここは議論の場には向きませんので、こんな感じでご了承いただけると嬉しいです。

ありがとうございました。

投稿者 YOUCHAN : 2008年4月16日 15:42

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