2008年8月24日

子不語の夢

子不語の夢―江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集
浜田 雄介
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江戸川乱歩と小酒井不木の手紙を収録した本。乱歩デビューから不木が没するまでのたった数年間の手紙のやり取りが収録されているが、それにしても乱歩はなんとまめな人であろうか。彼は不木から受け取った手紙をあますことなくファイリングしておいたらしい。この収集癖よ。几帳面さよ。一方、不木はといえば、手紙がずいぶん流出していたようで、今回この本が編まれた背景には、そういった状況を打破する目的もあったようである。不木書簡が乱歩よりも多いのは、乱歩が几帳面に手紙をとっておいたからと見て取れる。

この几帳面さと偏執的な性格は乱歩そのものだと感じた。江戸川乱歩とは、完全主義者で論客でビッグネームな上、自分自身に課する理想が甚だ高い人だった。乱歩にとって、周囲の評価とは裏腹に、発表する作品に心底から満足できずにいたのは、手紙のやり取りを見てもありありと伝わってくる。一方の不木から見たら、乱歩の持つ天賦の才に憧れと尊敬を抱いており、とにかく褒めちぎる。乱歩にとって不木は作家になるにあたって恩義ある先輩であり、かけがえのない存在であった。と同時に、かなり重かったろうなぁ。

不木はプロデューサー的な手腕を振るい、名古屋在住といったハンデを考慮しても周囲には人がたくさん集まっていたと思う。が、病身ゆえか寂しがり屋で、相当乱歩に気持ちを傾けていた。この温度差が切ない。最後が乱歩書簡で締められており、あて先は不木夫人である点も切なすぎる。

......といった感想を持ちえたのは、書簡の下に書かれた注釈のためであろう。この注釈がすごい! マニア的な視点でその時代背景を掘り下げ、人物像を浮かび上がらせる。注釈がこんなに面白い本はそうそうない。ホントカヨ!と読者として突っ込まずにはいられないような、ときに独断的な、往々にして客観的な解説には頭が下がる。

それにしても、付録のCD-ROM、すごいねぇ。すごいけど、できればこっちも本にしてほしい。高解像度で取り込まれた書簡や写真の数々、モニターで見るだけでは惜しい。乱歩の「貼雑年譜」と一緒に読むと楽しみ倍増の一冊。

たったひとつの冴えたやりかた(The Only Neat Thing to Do)

たったひとつの冴えたやりかた
J.ティプトリー.Jr 著 浅倉久志訳
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すでに文庫として刊行されている「たったひとつの」からスピンアウト、改訳されて出されたソフトカバーの本。新書サイズでとても軽い。上質な本といった印象。短編三つのうちの最初の物語を抽出して一冊にしたものなので、あっという間に読みきることができる。行間もゆったりしているので、電車で読むのに最適。

それにしても、なぜこれなんだろうか? という気がしないでもない。が、文庫版の少女漫画炸裂の表紙と挿絵が恥ずかしい人にはコッチのほうが絶対いいし、人にも勧めやすいボリュームとセンスなんじゃないかと思った。肝心の改訳は、同じ翻訳者の手によるもので、さすがとしか言いようのないスムーズな言葉運びであるが、旧約版でちょっと気になった時代を感じさせる言い回しが、全てきれいに取り除かれ、洗練度が増している。旧版(というか文庫版)で満足している人には別段どうということはないと思うが、ティプトリーに興味を持っている新しい読者には大プッシュしたい。最初に読んでほしい一冊。

それにしても、コーティーとシルのやり取りは瑞々しさに満ちている。いいなぁー。

2008年8月15日

特別料理(Mystery Stories)

特別料理 (異色作家短篇集)
Stanley Ellin 田中 融二
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スタンリイ・エリンのミステリ短編集。ミステリといっても、犯罪が起きて、犯人を追跡して解決といったお定まりの手法は用いられない。ミステリにとって「殺人」は大きな出来事のはずであるが、エリンにとっては、それ以上にそこに至る過程や心理こそがメインである。ドラマチックに殺しの様子を描くどころか、一,二行の中にその行為がさらりと添えられているに過ぎない。

EQMMでも大絶賛されたという表題作「特別料理」はまさにスペシャルな味わいだった。一冊に十篇のも作品が詰め込まれており、あっという間に読み終わってしまうが、十篇が十通りの魅力を放っている点にも注目したいし、さすが「異色作家短編集」に納められているだけはある。九篇を味わったあと、添えられたラストのデザートは「決断の時」という短編で、このデザートの余韻はずっと尾を引くだろう。上質な短編ミステリのフルコース、召し上がれ。

2008年8月 5日

アジアの岸辺(The Asian Shore)

アジアの岸辺 (未来の文学)
トマス・M.ディッシュ
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先日、惜しくも自殺してしまったトマス・M・ディッシュの日本オリジナル短編で、編者は若島正。表題作含め、本邦初訳のものが多いとのことだが、現時点で邦訳済みのディッシュ作品そのものが入手しづらい現状があるので、いずれにしても貴重な一冊に変わりはない。

クールな印象から羽目を外した感覚のものまで、かなりヴァラエティに富んだ作風だった。「いさましいチビのトースター」しか知らなかったが、いや驚いた。「犯ルの惑星」と「トースター」が同じ作家の手によるものとは......。皮肉と風刺が利いた作品が多く、編者あとがきで「知的で意地の悪い作風」とあったのに納得した。収録作品の中で群を抜いて評判の高い「リスの檻」のほかでは、私個人的には「降りる」がとても気に入った。不条理以外の何者でもない、この作家の目線ときたら! 

名著と誉れ高いサンリオSF文庫「キャンプ・コンセントレーション」「334」「歌の翼に」の再販を願いつつ、ディッシュの冥福を祈りたい。R.I.P.

2008年8月 4日

忌館 ホラー作家の棲む家

忌館―ホラー作家の棲む家 (講談社文庫 み 58-1)
三津田 信三
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三津田信三のデビュー作「ホラー作家の棲む家」を改題し、改訂された「完全版」として文庫化されたもの。絶版状態だったので文庫化は嬉しく、書店で見つけ四の五の言わずに入手した。

まず、なんといっても「忌館」は怖い。暗闇への畏怖が、見てはならないものへのあくなき好奇が、全体を覆い隠している。本の中に本が登場する手腕は、夢野久作「ドグラ・マグラ」を髣髴とさせつつも、交互に差し込まれる小説の中の小説と、小説の中の現実は、次第に境界線が失われてゆき、読者は作家の目眩ましに遭う。

それゆえ、ラスト間際の「謎解き」は難解を極めている。殺人があって、探偵が登場し、居間に遺族がずらりと並べられて「犯人はあなたです」と指される的な「謎解き」ではない。じっくり腰を据えないと先述した「目眩まし」に翻弄されるからだ。本文後に追記された「跋文」そして「西日」まで完璧な構成になっているが、これらは決して解題ではなく、謎はより深くなる。そんな点も見逃せない。また、この小説は作者「三津田信三」の体験記として綴られているため、本文内には実際に活躍している作家や評論家の実名も出てくる。しかし、「そうではない作家」の名前もしれっと紛れ込んでいる。どこからどこまでが虚なのか実なのか。翻弄されることを楽しむのも、また一興。

それにしても三津田氏は、ほんとうに乱歩が好きなんだなぁと思った。乱歩が好んで記していた言葉「うつし世は夢 夜の夢こそ真」、これがこの小説のテーマなのではないだろうか。吸い込まれるような真っ暗な夜空や、暗闇の茂みが姿を消しつつある現代に、三津田信三が執拗なまでに表現した「闇」はどこまでもいとおしく、そして恐れおののくべき存在だと思った。

2008年7月29日

ひねくれアイテム

ひねくれアイテム
江坂 遊
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星新一が見出した、「ショート・ショートしか書かない作家」江坂遊のショートショート集。1篇につき数ページで完結してしまうので、気軽に読める。ちょっと皮肉の効いたオチは、オムニバスTVドラマ「世にも奇妙な物語」が好きな方ならきっと気に入るだろう。

わたしが気になったのが、特に女性の話し言葉だ。昭和40年代の作家が書いたような印象だった。小道具は今を感じさせるものばかりなのに、どこか時代錯誤な感じがする。あと10年もすると、そのズレがもしかしたら奇妙な味わいになるのかもしれないが、今はちょっとしんどいなと思った。1篇が短いせいか、オチが推測できてしまう話の運びも物足りない。海外を舞台にしたショートショートが個人的には好みだと思った。

2008年7月17日

パーマー・エルドリッチの三つの聖痕(The Three Stigmata of Palmer Eldritch)

パーマー・エルドリッチの三つの聖痕 (ハヤカワ文庫 SF (590))
フィリップ・K・ディック
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P.K.ディック 1965年作品。ドラッグによるトリップ具合といい、ぐだぐだな主人公の心象風景といい、まさにディック節炸裂! ハリウッド映画のような展開にワクワクしつつ、ラスト間際の不可解でわけのわからない描写は独特。それでも一気に読める面白さはさすが!の一言。

2008年7月16日

ハローサマー、グッドバイ(Hello Summer, Goodbye)

ハローサマー、グッドバイ
マイクル・コーニイ:著 山岸 真:訳
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マイクル・コーニイ 1975年作品。サンリオ文庫でかつて出版されていたが、このたび待望の復刊・新訳作として話題を集めていた。

14,5 歳くらいだろうか、主人公のドローヴとブラウンアイズの瑞々しい恋愛譚を中心に、ひと夏の出来事が綴られている......という感じで2/3くらいまで 読み進めていた。が、しだいに怪しくなる雲行きに惹かれながら、ラストを迎えた。前半に描かれるような具体的情勢に比べるとラスト間際の描写は曖昧な感じ もする。読者にそのあたりの読み込みをゆだねているようにも思え、読み終えてもう一度そこだけを読み返さなくてはならなかった。ただし、読み返す価値はあ る!! これは深い。ラストの1行で救われた。鳥肌が立った。

文中で最後まで気になったのが、罵倒語の表記。たとえば「なんてことだ」のルビに「ラックス」とあったが、これは逆のほうがいいし、「氷結なたわ ごと」に「フリージングラックス」というルビもちょっと苦しいかも。その罵倒語の元になった世界観の描写はとても面白かった。なぜ異星人の住む惑星を舞台 にしなくてはならないのか、当初は少し変だなと思ったが、読み進めるうち、異なる世界を描くのに、こんなにぴったりの手法はない。

読後感としては、トーヴェ・ヤンソンの大人向け小説「誠実な詐欺師」や、バーコヴィチの「野うさぎ」を連想した。見たことも体感したこともない世 界を思うとき、行間を想像力で埋めてゆく。そんな作業がとても楽しい。ブラウンアイズのかわいらしさや、若い恋人たちのさわやかさが、ちくりと刺すような せつなさ、寂しさ、やりきれなさ(そしてラストのラストでのあの大どんでん返し!!!!)と溶けあっている。そんな小説だった。続編を期待しています。

2008年7月 6日

山魔の如き嗤うもの

山魔の如き嗤うもの
三津田信三
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「やまんまのごときわらうもの」と読む。刀城言耶シリーズ第4弾で、私自身は前回の「首無の如き祟るもの」に引き続いて2冊目となる。寝る前にいつもの感じで読んでいたのだが、読み止めるタイミングが掴めずに困るほど、次の展開が面白かった。エンターテインメントとはこういう本のことを指すのかも。

全体を覆う禍々しさもよい。夜中に読むと、結構怖いよ。山中のロッジとか、それこそ郷里で読んだらきっともっと怖いだろうなぁ。ああ、都会でよかった。成人の儀式で山を越える云々という導入は、「首無」にシチュエーションが近いので「あれ?これ読んだっけ??」と一瞬思った。が、そんなことはともかく、ぐいぐい引き込まれる。特に、父と子のありようについて、言耶自身が抱いているジレンマにもスポットが当たって、より深みが出ていい感じだと思った。金田一耕助を思い起こさせるところがあるが、キャラクター設定に今後も深みを増し、より個性的になってゆくことだろう。期待したい。

それにしても、「首無」でチラと触れられていたエピソードの織り込み方が心憎い!

2008年7月 1日

猫のパジャマ(The Cat's Pajamas)

猫のパジャマ
レイ・ブラッドベリ (著), 中村 融 (翻訳)
4309204856

今年で御歳88歳のブラッドベリの最新短編集(上梓したのは2004年だけど)。いやもう、「ピンピンしているし、書いている」なんてユーモアとアイロニーたっぷりな序文タイトルに、読む側は降参するしかない。古い作品(1940~50年代)と新しい作品(2003~4年)が入り混じっているが、この人の辞書に「枯れる」という言葉はないのだろうか。年代の違いを感じない。この安定した筆力!

相変わらず、ぞくっとするようなお話もあれば、ほのぼのと心が温まるような一遍もある。「珠玉」というコトバが、ブラッドベリほど似合う人をわたしは他に知らない。毎晩、お休み前に大切に一篇ずつ読み終えていくのにふさわしい。一気に読むのがもったいない感じ。

が、個人的には、すごーくどうでもいいことなのかもしれないけど、「!?」と「?!」表記が入り混じっているのが気になってしかたがなかったのと、「バカ」という表記が「莫迦」となっていたのがなぜかひっかかった。とはいえ、今読んでいる別の本でも「バカ」は「馬鹿」ではなく「莫迦」なので、これが今のスタンダードなのかもしれない。いや、どうでもいいですな。

ところで、この本のカバーには耳がついている。これがまたカワイイので、ぜひ実物を手にとっていただきたい。なかなか耳を出して読む勇気は出ないが、なんだか小さな秘密を手にしているようで、楽しい気持ちがした。こういう洒落っ気、大歓迎。

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イラストレーターYOUCHAN(ユーチャン)による、読書記録ブログです。読み終わったばかりの本からかつて読んだ本にいたるまで。「偏った趣味、深くない造詣、だけど楽しい」がコンセプトです。おやすみの日などに、少しずつ書いています。感想は気軽にコメントしてください。
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