マイナス・ゼロ


マイナス・ゼロ 広瀬 正の小説より。

私的セレクションの三大タイムトラベル作品の二つ目は、広瀬正の「マイナス・ゼロ」。今回、唯一の日本人作家である(次の機会は、もっと日本人作家も増やしたいと思う)。わたしはタイムトラベルモノが好きなんだなぁとよくわかった。夢ですな。ロマンですな。

「マイナス・ゼロ」とよく引き合いに出されるのが「夏への扉」なのだが「犬は勘定に入れません」のほうが近いのではないかと感じた。「マイナス・ゼロ」と「犬は勘定に入れません」の大きな類似点は、推理小説の筆致を持っている点だと思っている。「夏への扉」「マイナス・ゼロ」と「犬は勘定に入れません」とでは発表年に隔たりがありすぎるので、引き合いに出すことそのものが稀有なんだろうと思うが、あくまでも個人的な選択肢、ということで。他にもタイムトラベル小説はもっとたくさんあるだろうし。

「マイナス・ゼロ」に話を戻そう。今回、空襲のシーンを構図に取り入れる際、内田百間の「東京焼尽」の空爆の描写に、飛行機の腹がいもりのように不気味に赤く見えたとあったのを思い出し、少し取り入れた。今回の展示で百間先生の名前が出てこようとは誰も思うまい。ふふ。(ってこれ以上は出ませんが)

この「マイナス・ゼロ」は、壮大な謎解きにSFの手法をうまく絡めた、複雑な、しかもエンターテインメントとしても一級品の力作だと思った。特に、昭和初期の描写の鮮やかさは、今までになかったタッチだった。昭和の初めといえば、写真でもモノクロしかないし、当時の探偵作家でさえも、描写をあえてモノトーンで描いているような印象すら受ける。しかし、広瀬のタッチは、色鮮やかに、たとえば銀座の町並みを描き出し、女たちの化粧法についてまでも言及する。ううむ、と唸った。復刊ブームの昨今、広瀬正の再復刊が待たれる。


追記:この文章は2008年5月に書かれたものですが、その後、見事復刊にいたりました。