番外編髄膜炎とわたし

無菌性髄膜炎というおっかない病気になり、9/13から10/13まで日赤医療センターに入院していた。初めての経験だったので、記憶の薄れないうちに書き残しておくことにした。

ことの始まり

  • 9/10 頭痛がひどくて連日マッサージに通っていた。頭痛薬も一箱飲みきる位の勢いでなくなっていく。これ、なんかやばいよぉ〜。だんだん食事もあまり喉を通らなくなり、熱も高くなってきた。
  • 寝ても覚めても頭痛がひどくなる。夜間だったので、のりちゃんがH病院に電話で症状を話して診察を受けるべきかを聞いてくれた。「一度、つれてきてください」との返事。
  • H病院で診察。食事が殆ど取れないことを考慮して、電解質を点滴。頭痛薬を処方される。効いて来たようなきてないような。とりあえす、それで一旦返される。「髄膜炎という可能性も否定できませんが、まぁその可能性は低いでしょう」
  • 9/11 翌日、昼間に頭痛に強い病院を検索してみる。ウチの近所にN小児科医という医院がヒットしたので出向く。血液検査。検査結果が明後日になるといわれる。
  • その日の晩、吐き気と頭痛がひどくなるので、また夜間でH病院に。先日と同じ処置に納得がいかず、念のためCT取って見ますかということになり、CTスキャン。異常が認められず、また帰される。
  • 9/12 N小児科に翌日出向く。すると、先日とは異なり院長先生だった。「日赤紹介したほうがいいかも…」といわれるが、とりあえず脱水症状を抑えるために電解質を点滴。「明日、血液検査の結果が出ますから…」ということで、一旦帰る。吐き気・頭痛最高潮。
  • 9/13 検査結果を受け取りに、のりちゃんにN小児科に出向いてもらう。検査結果が出ていなかったが、おそらくこれは髄膜炎だろうから…ということで、「紹介状書くから、すぐに日赤病院に行きなさい」「救急車を呼びなさい」と促される。

初めての腰椎穿刺

  • 救急車に乗って日赤へ。そのまま担架に乗った状態で外来診察室に入ったので、どういう状況なのかは全く見えない。頭痛がひどいので、担架が角を曲がるたびに吐き気。
  • 30分くらいして、神経内科の先生がやってきた。女性だった。年齢的に同じくらいの先生だった。「髄膜炎の場合、一刻を争いますから、髄液検査をします」といわれる。一刻を争うのか?!
  • 点滴。脱水症状を起こしているせいで、針を刺すのに血管がぜんぜん拾えない。かなり苦労した。
  • 腰椎穿刺は麻酔をかけ、脊髄(腰)に太い針を刺して髄液を10ml摂取する。そのときの姿勢は「胎児のように丸くなること」。15分くらいで全てが終了。腰椎穿刺の後は頭痛を起こすことがあるらしく、それを防止するために枕を外して1時間くらい仰向けになること、水分をたくさんとることが大事なんですって。でもこれには根拠はないらしい。
  • 「凝固」という声が聞え、「はいっ、髄膜炎。入院です」といわれた。えええっ?!
  • さらに血液検査。静脈がだめだったので、腿の付け根の動脈から採血。止血が痛いのよ〜。
  • その後、CTとレントゲン。CTのとき、造影剤を点滴の管から入れる。H病院ではそんなのしなかったよぅ〜。

そのまま入院

  • わたしの髄膜炎は中程度で、ウィルス性らしい。菌性の場合、治療が大変らしいので、まずは一安心といったところ。
  • でも、24時間点滴だった。電解質と抗生物質とゾビラックスという抗ウィルス剤。しかも、絶対安静で頭を上げてはいけないといわれていた。食事とトイレだけ起きていいと。しかもトイレはをベッドの脇におかれたポータブル便器で済ませ、片付けは看護婦さんを呼んでしてもらうことに…。点滴の量が多いせいで、とにかくトイレの回数がすごかった。しかも、大部屋。溜めておくわけにはいかず、毎回看護婦さんを呼ぶ羽目になった。お風呂もモチロンNG。2週間、お風呂に入れない生活だった…。
  • しかもしかも、わたしは神経内科の患者なのに、入院したのは眼科病棟。ベッドの空きがなかったかららしい。同じ部屋には白内障手術で入院している、やたら元気なおばあちゃんだらけだった。寝ても覚めてもずーっとおばあちゃんたちはしゃべりつづける。同じことを繰り返し繰り返し…。

2度目の検査まで

  • 当初の入院計画書の予定では入院期間は2週間ということだった。
  • 入院当初の4日間くらいは寝てなくちゃいけなかった。ベッドを徐々に起こしていいということになり、ベッドの上で座っていてもいいという許可が出たのは1週間後くらいだったと思う。
  • トイレにもいっていいことになり、最初は看護婦さんの付き添いつきでトイレに行っていた。点滴は腕に刺さったままだったが、自由にトイレにいけるというのはとても幸せだった。
  • ベッドの位置は最初、3列のうちの真ん中だったが、ある晩、隣のベッドのおばあちゃんが寝ぼけて?私のベッドに入ってこようとした。そのとき、まだわたしは絶対安静だったので動いてはいけない状態だったので、とてつなく危険を感じ、婦長さんに申し出て(というか紙に書いて渡して)ベッドを空いていた窓際に変更してもらった。年配の人は自分の病状には神経質になるが、他人の病状には無頓着な人が多い。
  • 2度目の髄液検査は入院してから2週間後。腰椎穿刺をして、髄液内の細胞数の数をカウントする検査。健康な人は5〜10くらい。わたしは入院当初、1000を越えており、2週間経っても1000を越えていた。検査結果が思ったほど改善されていなかった。入院延長決定。退院の目処が全く立たず、落ち込む日々を過ごす。

…てことで続きは後日!

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