2008年5月26日
個展「第二文学山房 ゑいじうはSFでいっぱい」のお知らせ
えと。このエントリー、しばし一番上に表示してます。個展準備日記なんかも書いてますので、もしよければ読んでくださいねー。どんな題材をネタにしてるかもわかって楽しいかも?マニアックでゴメン......。
YOUCHAN個展 第二文学山房 ~ゑいじうはSFでいっぱい~
(同時開催 音楽山房 ~ゑいじうの1Fは音楽でいっぱい~)
会期 2008年5月26日(月)~31日(土)
11:00~19:00(最終日は17:00まで)
オープニングパーティー 2008年5月26日(月)17:00~19:00
会場 Coffee&Gallery ゑいじう
〒160-0007 東京都新宿区荒木町22-38
TEL:03-3356-0098
交通 東京メトロ 丸の内線「四谷三丁目」2番出口より徒歩7分
都営新宿線「曙橋」A1出口より徒歩3分
上図が今回の個展「第二文学山房 ゑいじうはSFでいっぱい」のDMです。モチーフは、読んだことのある人なら(多分)わかってもらえると思うのですが、カート・ヴォネガットの「スローターハウス5」です。
実は、今からちょうど20年前の20歳のとき、卒業制作のモチーフとしても「スローターハウス5」をわたしは描いておりまして、昨年末に母の家にずっと置 きっぱなしにしていたものを引き上げてきました。個展会場では、その20年前の「スローターハウス5」も展示する予定です。生き恥をさらすようではありま すが、あのときから20年経った40歳のわたしが描く「スローターハウス5」と比べて見ていただくのも、これまた一興。20歳のときって、自分が他の誰よ りも特別だと信じてた頃だし、とんがってみたくて、でもうまくできなくて、というあがきのティーンネイジャーから脱皮する時期でもあります。当時から変わ らない部分と、やはり20年を経て変わった部分があります。実際の展示はB1サイズ。卒制がB全パネルだったので、新作もB全にしないとフェアじゃない かー、と思ったので。
さらに20年後の60歳のときに、また「スローターハウス5」が描けると楽しいなぁと思います。20歳のときはアクリル絵の具でした。40歳の今はデジタルです。60歳のワタシは、何を使ってるだろうか。
会場地図についてはこちらです。ちょっと大きめに書き出してみました。
投稿者 YOUCHAN : 21:10 | コメント (0)
2008年5月 8日
[個展準備]ムーンライダーズ
今日は音楽山房、ということでムーンライダーズである。愛知の外れのいなか生まれ・いなか育ちのわたしにとっての、東京原風景はムーンライダーズの音楽だった。実際に上京してみて、その感覚は間違っていなかったことに気がついた。高層ビルばかりではない。建物は立ち並んでいる。蛍光灯の灯り。遠くに見えるのは工場か。サーチライト。夜中になっても真っ暗にならない空。そして、ひとり遠くを見つめるジャックの目にはなにが映っていたのだろう。ラジオ消して、土の中に埋めて、アンテナひとつ立てて、草の上で眠りたい。10代の心に刻み込まれた東京原野。孤独を叫ぶこともなく、都会を責めることもない。ただ自身の孤独と向き合う。痛いほどに自身の心にしっくりなじんだ。
わたしがムーンライダーズを初めて聞いたのが「青空百景」だった。リアルタイムだったと思う。明るい曲調とは裏腹に、どこかタガの外れた世界観。40ダースの卵が四丁目の角の僕のベッドで待ってるって、なんだよこれ! 押し寄せてくるのはアナーキーな世界観だ。おかしい、こんな世界があったなんて知らなかった。どんどん惹かれていった。遡ってアルバムを聴くうち、新譜が出た。「アマチュア・アカデミー」というタイトルだった。
当時はLPレコードだった。針を落とした瞬間、今までにない驚きに満たされた。かっこよすぎる!!!! ライダーズに惹かれ、共感したけれど、この衝撃は初めてだった。何もかもをなぎ倒すパワー。カッコイイとはこういうことか! YBJ、ああそうだ、YBJだ。YBJもジャックだ。が、ビルを見つめて待っているのもジャックだ。
ということで、10代半ばのわたしが部屋に篭ってずっと聴いていた音楽へのささやかなオマージュを捧げた。2曲目の「30」を、もう10年前に迎えてしまったが、あれ以来もライダーズは、ときに有機的に、ときに無機的に変化と進化を繰り返しながら、今もわたしにとっての東京原野であり続ける。31年目。現在も継続している、恐るべきバンドである。
投稿者 YOUCHAN : 21:33 | コメント (0)
2008年5月 7日
[個展準備]ラファティ・スイッチ
ラファティとの出会いは結構長い。「九百人のお祖母さん」がそれで、15年以上になる。長いのだけれど、かなり長いブランクがあった。読んでも読んでもなぜか頭に入ってこない。どこが面白いのかがわからないうちに、ずーっと放置状態になっていた。そして度重なる引越しの途中で紛失した。古本屋さんに売ったかもしれない。廃品回収に出したかもしれない。ところが、ここ数年、ラファティの長編が出たりして、また気になってきた。今なら読めるかな、そう思ったが、時すでに遅し。「九百人のお祖母さん」はとっくの昔に絶版状態になっていた。ハヤカワで3冊目にでた「つぎの岩に続く」が1冊出ているきりで、この状況はなんだかおかしいと思うようになった。そう思った矢先のこと、神保町のとある古本屋さんで「九百人のお祖母さん」の上製本がお求めやすい価格で売られていた。本は出会ったときに買うのが正しい、ということで迷わず入手、表題作から読み始める。
あれ? 面白い。
結局、最後まで面白く読めた。が、なかなか難解だと思ったし、大方の評価にあるような「爆笑する」という感じはしなかった。シュールさを味わう感じじゃないのかなぁ、というのが感想だった。そして次に「どろぼう熊の惑星」に進んだ。うむ、こっちのほうが読みやすいかな。相変わらず、血は出てくるし、残酷な描写も多いなぁ、シュールだなぁ。
......と思っていたのだが、途中で「かちっ」とスイッチが入った。ああ、そうか! 味わい方を掴んだ瞬間だった。ラファティ・スイッチが入った途端、面白いのレベルがぎゅーんと上がった。面白いのには代わりがないのだが、気がついてしまったのだ。スイッチが入ってよかったなぁ。
というわけで、展示するイラストは、この「ほら吹きおじさん」の軽妙な語り口てんこ盛りな雰囲気を出すため、ペン画で描くことにした。グリム兄弟やアンデルセンと同じで、ラファティという作家の作品は、いつか伝承される類のものになるだろう。小鳥が千年に一回の割合で巨大な岩をつつきにくるペースで、大きな穴があく頃に。
投稿者 YOUCHAN : 18:08 | コメント (0)
2008年5月 6日
[個展準備] 宇宙クジラとシャコの思い出
今回取り上げるSF小説の中で、最も心優しい短編集、「ジョナサンと宇宙クジラ」を描く。作者はロバート・フランクリン・ヤング。あたたかくて、優しい雰 囲気を大事にしたいなーと思い、ストレートな絵にしてみた。宇宙クジラは人間にたとえるなら17歳の少女である。そこを大事にしよう、と。ク ジラを描く際には、NORIちゃんから細かなアドバイスをもらった。ちょっとイメージ検索してみよう、ということになり、詳細なクジラの資料を見つける。 ふむふむ、なるほど、目の位置はこうだし、尾っぽの形もひれの形も全然違うなぁ、と改めて感心。骨格標本まで載っており、このサイトはどこが運営してるん だろうねぇ、と上位ページに移動してみたら......鯨肉を扱う通販ショップであった。
余談ですが、わたくし、クジラを食べたことがない世代で ある。竜田揚げとか給食に出たよー、なんていう同年代の友人も時々いるが、愛知県は(あるいは西尾市は?)クジラを給食には出さなかった。家でも食べる機 会はなかった。立地的に海が近いので、魚に困らなかったせいもあるのかなと思う。特に夏はキスとシャコばかり食べていた記憶がある。特に、東京に出てきてから食べた シャコが、あまりにも水っぽくてマズイのに驚いた。シャコってーのはこんな味じゃない。ああ、懐かしいなぁ。
と、話が大きく逸れたところで 話を戻すけど、「ジョナサンと宇宙クジラ」を電車で読んでるとき、涙が出て困ったことがあった。悲しくて泣くばかりが涙ではない。優しさに触れるときに も、やはり人は涙するんだなぁ。SF初心者の方にも(ってわたしも十分初心者であるけれど)オススメの1冊。
投稿者 YOUCHAN : 01:04 | コメント (2)
2008年5月 2日
[個展準備] 線画作品
世間は大型連休、わたしは個展の準備と連休明けの仕事。働く皆様、もう孤独じゃない!
うっかり記録を忘れていたが、今回は線画作品も数点展示する。ひとつは、A0サイズと巨大なタペストリーで、テーマにしたのは「グラックの卵」。浅倉久志監修の「ユーモアSF短編集」で、これがまたすこぶる面白い。そこで、収録されている短編を一大絵巻物よろしく、スラップスティックに表現してみたが、これは線画が良く似合う。左から「見よ、かの巨鳥を」右にいくに従い、収録順に作品が進み、一番右端はお色気たっぷりの「グラックの卵」で締める。これは、階段の壁面に吊り下げることになっているので、階段を上りながら見ていただくもよし、二階から全体を眺めていただくもよし。
それから、あと2点線画を描いたが、こちらは「音楽山房」。先日、引退騒動まで出て大騒ぎになった(しかもガセだったというお粗末なオチ)フィル・コリンズの「Can't stop loving you」とスケッチ・ショウの「ekot」。この両者、音楽の方向性も全く違うが、前者はオーガニックな手触りが良く似合うことから、後者は無駄のないラインが良く似合うことから線画で表現することになった。
「Can't stop loving you」は、CDを聞いて泣いた。「Testify」がメチャクチャ気に入ったわたしは、「このアルバムはあなたの作品の中でナンバーワンだ!」と勢いファンレター(ハガキ)をフィルの所属しているレコード会社(アメリカ)に出した。そしたら、フィルの事務所(イギリス)からサイン入りの写真が送られてきた。これにはビックリしたなー。みんなもっと「Testify」を聴いたほうがいいよ。ああいう進化が、わたしは好きだ。
「ekot」は、YMOからずーと聞き続けてきた彼らが、こんなものを作ってしまったのか!とその変貌に驚き、感激した曲だった。過去の栄光に引きずられるどころか、どんどん新しい方向を見つけては進んで行き、しかもその時代の息吹に呼応しているとすら思った。ずっと聞いてきてよかったと思う。特にユキヒロは、今が一番いいような感じがする。
「音楽山房」は、自分の精神的なルーツになるものをピックアップしているため、セレクションがどこかちぐはぐな印象を受けるかもしれない。展示スペースの都合もあり、あれもこれも盛り込めなかったせいもある。が、わたしが個人的に受けた影響を、その1枚1枚に込められたら、と思う。アーティストたちへのささやかな恩返しの気持ち(届くとか届かないとかは別にして)で描いている。
ということで、さて。ムーンライダーズである。わたしの中の「東京」の原風景は、ムーンライダーズのサウンドと共にあったし、それは今も変わらない。どうするかなー。現在思案中。
投稿者 YOUCHAN : 18:53 | コメント (0)
[ 個展準備 ] シジジイ
前の前のエントリーでさんざん手こずったとぼやいていたスタージョン。どうしたものかと思い、「めぐりあい」をチョイスすることにした。非現実と現実の混在具合といい、ダンディな雰囲気もスタージョンらしいと思うし、なによりもシジジイだし。シジジイとは「単為生殖とかその他ある種の下等なタイプの生殖作用に付随して起こる現象の一種」だそうだ。なんのことやら。しかしながら、スタージョンはシジジイがとてもお気に入りで、「めぐりあい」の他にも、「反対側のセックス」にもシジジイが出てくる。また、スタージョンはおそらく音楽がとても好きだったのではないかと思う。「めぐりあい」の主人公は、作曲家でもあるし、「死ね、名演奏家、死ね」では、スタージョンの音楽趣味がどっさり盛り込まれている。
ということで、そんな要素を盛り込んだ絵にしてみた。タテ位置で描いているのだけれど、描いている本人がなんだか横位置のような錯覚に陥る。ラフでとても苦労した分、作画は早かった。なんだか変な絵になったし、イメージが違うといわれるかもしれないが、これもひとつのスタージョンかと。スタージョン本人も言っている、「常に絶対的にそうであるものは、存在しない」と。(スタージョンの法則)
投稿者 YOUCHAN : 00:20 | コメント (0)
2008年5月 1日
[個展準備] そして赤い薔薇一輪を忘れずに
アヴラム・デイヴィッドスン。こりゃまた何と表現したらいいか、一言では表しにくい作家である。洗練されていて、エキゾチックな香りもして、都会的でもあり、センチメンタルでいながら、ミステリアス。といっても先述のスタージョンとは全然違う。短編作家って奥が深いなぁ。ところが、デイヴィッドスンに関しては、ラフはスタージョンほど手こずらなかった。その理由はわからないのだけれど、「そして赤い薔薇一輪を忘れずに」がイマジネーションを強くかきたてたせいもあるかもしれない。個人的には成長一筋の「ナイルの水源」が大好きで、これを描く予定でいたのだが、再読してみて、この小品にやられてしまった! それにしても、短編集表題作の「どんがらがん」では描かなかったなぁ。こんなんでいいのかしら。ま、いっかー。個展だし。
ところで、今回のこの作品では、線画といつものペインティングを組み合わせた実験をした。この実験は、先日描いた「アイランド博士の死」(デス博士の島その他の物語)でも試みたが、今回はもっとコミットした感じになった。どうぞお楽しみに!
ということで、いよいよ5月。ぎりぎりだなーこりゃ......。やばいです。
投稿者 YOUCHAN : 00:58 | コメント (0)
2008年4月29日
[個展準備] 夏への扉、開け放とう
いわずと知れた超名作、「夏への扉」を描く。個人的タイムトラベルモノ第二弾。あの表紙があまりにも有名なので、こういうのは本当はやりにくい。なのだけれど、あえて、嗚呼、あえてチャレンジしてみる無謀なワタシ。リッキイ・ティッキイ・テイヴィーの愛らしさにスポットを当て、もしもティーンネイジャーの人たちが読むならこんな表紙はどうだろうと想定し、がらりとイメージの異なるポップなイラストに仕立ててみた。これはカワイイ。ピートもいます。ヌーディストの人もいるけど。
進んでるんだか進んでないんだか、わからないながらも、1点ずつ作品が出来てゆく。じりじりと。そして、タペストリーキットが届き、大判出力が上がって来、マットが出来上がり発送完了メールが届き、DMも足らなくなってきた。外堀からどんどん埋まっていく。ということで、フライヤーを追加で作る。手紙でご案内を出す方用のもの。文字や地図もDMよりも大きめ、今回描いた絵も数点追加で入れた。あとは作品を描くだけ。描いて描いて描きまくれ、ギャラリーを埋め尽くせ。(下図がフライヤーです。ポップアップで大きい画像が表示します)
それにしても、思った以上に、シオドア・スタージョンに手こずる。スタージョンは短編がやはりいい。ということで、名作「一角獣・多角獣」をセレクトするも、そのうちの1篇をチョイスしてしまうと、ファンタジーに寄り過ぎたり、ホラーに寄り過ぎたりする。一貫したスタイルを持っていながら、こういうことが起きる点において、今回ではスタージョンが一番大変だと思った。
孤独で、残酷ながら、優しさもある。都会的でありながら、オーガニックな手触りもある。ミステリの要素もありながら、SFの要素も当然ふんだんにある。毎晩毎晩、50枚以上のラフを描き続け、先日ようやく決着をつけた。まだラフの段階でこうだもの、困ったもの。これが仕事だったら、とうの昔に締め切りが過ぎていたことだろう。
スタージョン、恐るべし。
投稿者 YOUCHAN : 20:48 | コメント (0)
2008年4月25日
[個展準備] タイムトラベル3本立て
個人的なセレクションで、タイムトラベルモノを3本ピックアップした。ハインライン「夏への扉」、広瀬正「マイナス・ゼロ」、コニー・ウィリス「犬は勘定に入れません」である。わたしはタイムトラベルモノが好きなんだなぁとよくわかった。夢ですな。ロマンですな。
この3本にしたのは、「マイナス・ゼロ」と引き合いに出されるのが「夏への扉」なのだけれど、個人的には「犬は勘定に入れません」のほうがあってるような気がしたから。「マイナス・ゼロ」と「犬勘定」の大きな類似点は、推理小説の筆致を持っている点だと個人的には思っている。発表年が「夏への扉」「マイナス・ゼロ」と、「犬勘定」とでは隔たりが大きすぎるので、引き合いに出されることは難しいと思うけど、あくまでも個人的な線ということで。他にもタイムトラベル小説はもっとたくさんあるだろうし。
ということで、本日は「マイナス・ゼロ」を描く。空襲のシーンを構図に取り入れる際、内田百間の「東京焼尽」(※「尽」は旧漢字)の空爆の描写に、飛行機の腹がいもりのように不気味に赤く見えた、とあったのを思い出し、少し取り入れてみた。今回の展示で百間先生の名前が出てこようとは誰も思うまい。ふふ。(ってこれ以上は出ませんが)
投稿者 YOUCHAN : 22:11 | コメント (0)
2008年4月24日
[個展準備] 気づけないはずの出来事を
今日は「音楽山房」。ということで、コンサートで大泣きしてしまった吉田美奈子「KEY」より「Graces」をピックアップした。
曲もすばらしいが、歌詞がこれまた抜きん出ている。今日よりも明日を愛そう、そう歌う。ただの励ましではなく、傷ついている心、時々の悲しみに嘆くとき......四季は繰り返しやってくるけど、永遠の愛なんてあるのかな......生きる喜びも悲しみも苦しみもすべてを包括し、季節が巡る不思議と絡める歌。現実を直視し、それでも人生はすばらしいと謳歌する。
KEYコンサートツアーのときだから、もう10年以上経つが、彼女の歌声はわたしの心をわしづかみにして、そして言葉どおり、わたしを泣かせた。周囲のひとも何人か泣いていた。歌詞の力、曲の美しさに加え、彼女の歌声だ。声の力だ。
今なおこの曲をCDで聴くたび、わたしは涙腺が熱くなるし、あのときの気持ちを思い出す。深い深い慈愛に満ちた感動だった。そんな音楽を贈ってくれた彼女への、わたしなりの感謝の気持ちを込めて、絵に託してみた。
「気づけないはずの出来事を 素敵だと思える街のGrace」
そのGraceこそが、あの日の渋谷公会堂での歌声だったと、今もそう思っている。
投稿者 YOUCHAN : 00:33 | コメント (0)
2008年4月22日
[個展準備] アンドロイドはブレードランナーの夢を見るか?
昨年、「ブレードランナー」のディレクターズカット最終版(だっけ?)の上映があり、ブレラン好きとしてはこれは抑えておかねば!と、NORIと二人で新宿の映画館に向かった。とにかく音がすばらしく、ストーリーは何度も見てるから目新しさはないけれど、ともかくあんなに雨が降ってたっけ!?と改めて驚いた。映画館を出ても、「ああ、そういえば外は雨だっけ」と錯覚を起こしたほどだ。そして、エスカレーターを降りるときに一望した新宿の夜景ときたら! まさにブレランの世界観そのものだった。雨が降っていればカンペキだったろう。
ただし、原作のP.K.ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の世界観は真逆だ。雨なんか一滴たりとも降らない。どちらかといえば、放射能をたっぷり含んだ砂塵吹きすさぶ、廃ビルだらけの世界。乾いているのだ。リドリー・スコットが、この物語を映画化する際に取った意訳が、どれだけ思い切ったものか。それに、すばらしい世界観だった。そこには敬意を表したいと思うと同時に、やっぱ違うよね、という思いもあり、原作に沿ったビジュアルを心がけてみた。生きている動物を飼うことがステイタスで、地位の象徴でもあった地球。賞金稼ぎをして、その大金で動物を買う「原作のリック・デッカード」は、映画よりももっともっと人間臭い。全然かっこいくはない。だから、かっこいい絵にはしなかった。これも一つの世界観だと思う。ディックが織り込んだ、心象世界の描写には、わたしは触れなかったが、そこに着目し、表現したオリジナル文庫版の表紙を手がけたイラストレーターさんの手腕にも改めて敬意を表したいと思う。
投稿者 YOUCHAN : 21:11 | コメント (0)
2008年4月18日
[個展準備] デス博士の島
ジーン・ウルフの「デス博士の島その他の物語」を描く。
「death」と「doctor」と「island」の3つの単語から成り立つ、言葉遊びのようなタイトルの不思議な短編たち。その中の「アイランド博士の死」に、島と海と宇宙が交錯する描写があって、それがとてもとても美しいと思った。こういう不条理な描写って、奇想好きにはたまらない。ウルフの世界観にどこまで近づけたかはわからないけれど、今回はこれをモチーフとした。ミステリーとしても読め、解釈が幾通りも思いつき、議論が活発だったのは「アメリカの七夜」だったけど、イメージとしては、やっぱ「デス博士」シリーズかと。
また、線画と従来のカラー画との技法を組み合わせる、といった、個人的な冒険をした作品でもある。展示では、「表面化するテーマ」と、「内的なテーマ」、そして「表現技法」の3つのテーマが常にある。さらにトータルで世界観が形作れるかどうか、などなど。うーん、個展はエネルギーが要るなぁとつくづく思う。
と同時に、わたしはこんなにも小説が好きだったのかと、少々自分でも呆れている。毎晩、寝る頃には消耗しきって、本すらまともに読めないほど眠気に襲われている。そのくせして、気持ちだけはブルブルと高ぶっている。今回の個展のモチーフにしたい本をまだ読んでいる。2冊平行、全然進まない。電車に乗ってもスグに爆睡。全然ページが進まない、これはこれで困っておりやす。むぅー。
あ、仕事もちゃんとやってますのでご心配なさらないでください>クライアント各氏
投稿者 YOUCHAN : 19:32 | コメント (0)
2008年4月16日
[個展準備] ディレイニー
無謀だと思った。「アインシュタイン交点」を絵にすることは。第一、曖昧模糊としていて理解できなかった。なのに、目まぐるしい色彩と造形の洪水が、行間から押し寄せてきたから、仕方がないじゃないか。その第一印象を絵に描いておくことは悪いことじゃない。いいかもしれない、と決意した(って大げさな)。
まずは、もともとのタイトル「A Fabulous, Formless Darkness(摩訶不思議な混沌とした暗闇)」という言葉に惹かれた。そして、冒頭のフィネガンズ・ウェイク、これにもう打ちのめされた。「あたりが暗くなる、(色が衰え/沈々と静まり)......」これだけが動機だ。ということで、「スローターハウス5」と「グラックの卵」の次に描いたのは「アインシュタイン交点」でした。
ところが、描き上がって気がついた。訳者あとがきで、伊藤さんが「前回読んだ印象では、音楽を奏でる剣やら、ドラゴンやら、食肉花やら、SFというより安っぽいヒロイック・ファンタジィと見まがうような物語。ところがその背後に、これほどたくさんの意味と緊密なロジックが潜んでいたとは...」云々と書くくだりがあった。......音楽を奏でる剣やら、ドラゴンやら、食肉花やらって、や......やばい、そのまんまだよおいら!
ということで、個展までひと月半ありますが、先に謝っておきます。読み込んでから、また描いてみます。「スローターハウス5」のように。何年もかかって完成するのかもしれない。第一歩の「アインシュタイン交点」、個展会場でお披露目いたします。
投稿者 YOUCHAN : 16:10 | コメント (0)
2008年4月13日
[個展準備] 搬入まで40日
明日の月曜日から搬入日前日の23日まで数えたら、ちょうど40日だった。
子供たちの夏休みと同じ長さだ、わーい と思うとなんだかとても長い気がするけど、
単純計算して2日で1枚仕上げても、たった20枚しか仕上がらない。
なんて人生は短いのだろう。
とは言うものの、レギュラーの仕事もあるので、個展の制作ばかり
してるわけにはいかないし。
この40日間、有効に使わないとマズイ。ホントにマズイ。
今日は「音楽山房」のイラストを描く。
「Everlasting Loveship」という、ミッキー吉野さんの曲で、
わたしが人生で好きな曲の5本の指に入る1曲。
あまり知られていない曲かもしれないけれど、詞も曲もとにかく素晴らしい。
10年くらい描きたいと思ってラフを描いては断念し、
ラフを描いては断念し、を繰り返して、今年、ようやく形になった。
今の力量では精一杯の出来。
個展でお披露目します。
投稿者 YOUCHAN : 23:58 | コメント (2)
2008年4月11日
[個展準備] ヘタすぎる
前のエントリーで「20年前に描いたB全作品の『スローターハウス5』も展示する」と書いてしまった。今年の作品をB1出力に出すため、出力紙をどうしようかということになり、とりあえず見てみよう、その20年前の作品を、ということになった。ばりばりとガムテープをはがし、引き上げてきたB全パネルを出してみた。
......へ、ヘタすぎる。どうしよう、こんなの展示していいのか!?
NORIちゃんからは「これは勇気をもらえる! 励みになっていいかも」とか「今の自分だったら『イラストレーターになる夢、諦めな』って絶対諭すよね」と散々な言われようだ。ちぃっ、小賢しい。言われるまでもないわー! それにしても、こんなにヘタだったかオレ。びっくりした。
B1のパネルの下地に一所懸命塗りこんだ筆の幅が狭すぎたんじゃないかとか、いや、そういう問題だけじゃないな、とかデッサンひどいな、とか。ああもう、どうしよう。これ、ロールスクリーンでも取り付けて、見たらスグに下ろしてもらう仕掛けにしたい。トホホすぎる。
それにしても、ヘタはヘタなりに一所懸命描いている。それだけは認めよう。ああ、若さゆえの過ちとはこの事をいうのだな、シャア少佐。展示取りやめたい。取りやめようかな。イヤまじで。と言うと、NORIちゃんは「だめだよー、コレも展示の売りなんだから」と言う。ヒトゴトだと思って。ああ、確認してから決めればよかった。思い出は脳内で美化される。
とりあえず、ビニル張りだけはやり直さないといけない。実家にある間にビニルは剥がされ、インレタもむき出しでところどころ欠けている。それはともかくとして、パネル全体が埃をかぶっているので、毛の柔らかい刷毛で表面をきれいにして、20年ぶりにビニルシートを張りなおさなくては。ドライヤーをかけながら。それにしても、ああもういやになるなぁ。いろんな意味でトホホ。
投稿者 YOUCHAN : 22:47 | コメント (2)
2008年3月 6日
[個展準備] 個展まであと何日だらう
個展のフライヤーなんて作ってみちゃいました。A5サイズとかで印刷するとかわいいです。
PDFも一応ご用意しましたー。Acrobat5以上の設定に、一応してあるです。
投稿者 YOUCHAN : 23:49 | コメント (0)
2006年7月 1日
個展の風景
先月の5月29日〜6月3日の1週間、ゑいじうさんにて開催しました個展
「文学山房」のスナップ写真です。


いただいたお花たち。いい香りをギャラリー内に振りまいてくれました。
差し入れも、お花のほかに、お菓子をいただいたり(ご馳走様でした!)、
モビルスーツのフィギュアなど。多種多様で泣けます。

階段を上がると見える風景です。ピアノがかわいいでしょ?

カウンターには、芳名帖を置かないで、貴名箱を置きました。貴名箱は手作りです。

階段には、連載『文学山房』のキャプチャーを飾りました。じっくり読んでいただいた方が多くて、嬉しかったです。

モンキーハウス〜鬼火の展示の様子です。

カウンターには本物の書籍を置きました。それ越しに百鬼園シリーズの展示が見えます。

鬼火〜パノラマ島綺譚です。お祝いにいただいた胡蝶蘭が「鬼火」に似合っているように感じました。

ピアノから壁側を向いた展示風景です。

1Fのカフェの様子です。

そしてお世話になった、「ゑいじう」さんの概観です。午前中に撮ったので、すごくピカピカ〜!
と言う感じでした!これにて、おしまいです。
長い間、お付き合いくださいましてアリガトウございました。
なお、個展に関するまとめアーカイブは「文学山房」にてまとめて(というか抜き出して)ありますので気が向いたときに覗いてやってください。
投稿者 YOUCHAN : 00:46 | コメント (2) | トラックバック
2006年6月30日
パノラマ島綺譚

※クリックすると、大きな絵がポップアップいたします。どうぞご覧ください。
二人は、一方に於いて、限りなき愛着を感じ合いながら、一方に於いては、
廣介は千代子をなきものにしようと企み、千代子は廣介に対して恐るべき疑惑を抱き、
お互にお互の気持を探り合って、でも、そうしていることが、
決して彼等に敵意を起こさせないで、不思議と甘く懐しい感じを誘うのでした。
(江戸川 乱歩「パノラマ島綺譚」より)
オリジナルイラストです。
手に手をとって不思議な島を巡るふたり。水中トンネルの外には人魚が泳ぎ、
そうかと思う内に森が開け、羊羹を切ったように完璧で美しい人工の岩肌には滝が落ち、
ドームの内側には空が描かれ、温泉には美女が…。
ここはパノラマ島。一人の男の妄想が形になった不思議な島です。
とある資産家の息子が死んだ報を受けた人見廣介は、顔が瓜二つであることと、
土葬の習慣がある事実を巧みに利用することを思いつきます。
資産家の息子の生還に大騒ぎの村、喜びに沸き返る資産家の家族。
うまうまと成りすましに成功した廣介は、資産をつぎ込んでパノラマ島の建築を決行するのでした。
ところが妻の千代子だけは、夫が偽者であることを見抜いてしまいます。
廣介も千代子に悟られたことを知り、もうこうなったら島に連れ出して
殺してしまうしかない…と決意します。千代子も不安と恐怖にかられながらも、
島に行くことを断る理由が口に出せず、結局廣介の言いなりに…。
しかし、パノラマ島を巡るうち、二人の心は次第に惹かれあってゆくのでした…。
「パノラマ島綺譚」の作者である江戸川乱歩は、この奇妙な島の描写を書く事が、
楽しくて楽しくて仕方なかったそうです。
読者であるわたしは、奇妙でグロテスクな島をめぐる冒険の中、
二人が次第に惹かれ合ってゆく様が、なんとも愛しく感じました。
破滅に向かう恋だとわかっていながら、惹かれ合わずにはいられない、人の心の不条理さ、切なさ…。
乱歩が楽しく書いたように、わたしも二人に愛情を込めて、自由に楽しく、そしてちょっぴり切なく描き上げました。
最後は壮絶な大花火で終わるこの物語。この惹かれ合う二人がどうなったのかは、
ぜひ「パノラマ島綺譚」を読んで頂きたいと思います。
ちなみに、一番右端上にいる、トレンチコートのナイフを持った男の名は北見小五郎。
明智小五郎を連想させる存在です。
(展示解説より転載)
「パノラマ島綺譚」イラストのラフです。このラフも展示しました。
書き込みが細かいので、大きな絵を用意しました。クリックでポップアップ表示します。

展示風景です。「鬼火」の隣に展示してあるのがお分かりいただけると思います。
展示のときは、このイラストは4分割されていました。出力サイズは、1/4でタテ90cm、ヨコ30cm。
相当大きなものだったのですが、4分割することで、一度に目に飛び込んでくる情報量が押さえられ、
落ち着いて見ることが出来る形態となりました。
描く時は、4分割することを前提に描いたので、ラフではその分割ラインが描かれています。

正面から見たところです。この面の真向いには、ピアノが置いてあります。

「なんちゃってカバー」です。
実は、展示会場にはなくて、後日、作品ファイルを作った際に作りました。
ということで、このパノラマ島を持って、今回の展示作品をすべてご紹介することが出来ました。
明日は、展示報告の最後ということで、展示風景の全体のスナップを
何枚かアップして締めくくりたいと思います。

光文社文庫「パノラマ島綺譚」江戸川乱歩全集第2巻に収録されています。
投稿者 YOUCHAN : 22:08 | コメント (7) | トラックバック
2006年6月28日
鬼火

そしてそれが一瞬の光芒を誇りながら、
再び闇の底に沈んで行った後には、
唯一団の青白い焔が、鬼火のように閃々と明滅しながら、
飄々として、湖水の闇の中を流れて行った。
(横溝正史「鬼火」より)
オリジナルイラストです。
横溝正史は、金田一耕助シリーズで有名な作家ですが、「鬼火」は探偵小説ではありません。
戦前の正史の作品には耽美的なものがいくつかあり、
中でもわたしはこの「鬼火」を最も愛好しています。
「鬼火」は、どこまでも憎み合った従兄弟同士の、壮絶な愛憎劇を執念深く描ききった作品です。
「鬼火」が最初に発表された雑誌は、昭和10年の「新青年」。前後編にて掲載されましたが、
その当時に掲載された挿絵は、竹中英太郎という画家によるもので、傑作と評されました。
私自身、初めてその挿絵を見たときの感動は、
「鬼火」を読んだときの衝撃に引けをとらないものでした。
わたしも描くなら「鬼火」を描いてみたい、と同時に、
竹中栄太郎に対する敬愛の気持ちも込めたいという思いが高まりました。
どのシーンを描いたらいいだろう…。悩みに悩みぬいた末、
出した結論は、ラストシーンから膨らませてみることでした。
代助と万造は、画家として成功を収めつつあった存在でしたが、
彼らは従兄弟同士で、幼い頃から憎みあっていました。
代助が画家として成功を収めようとすると、万造も画家になって代助を打ち負かそうとしました。
代助と万造は、お互いの存在がなくては生きてはいけない、愛憎表裏一体の存在だったのです。
また、この画家の間を行ったり来たりしていたお銀という女は、
得になるほうに付く計算高さを持ちながら、妖艶でつかみ所のない魅力を持っていました。
竹中英太郎が描いたお銀は、はてしなく美しく妖しい、儚げな存在でした。
わたしのイラストでも、お銀のイメージはあくまでも儚くなりました。
ところで、イラストの湖面に浮かんでいる仮面は、万造がつけていたものです。
万造は、鉄道事故に合い、大やけどを負って二目とは見られない顔になり、
仮面をつけて決して素顔を人前にさらすことはありませんでした。
底なし沼にボートを出し、代助を誘い出して殺してしまおうと襲い掛かったとき、
万造はボートから誤って落ちてしまいます。
とっさに代助は棹を万造に差し出し、助けようとします。
ところが、棹を引き上げる刹那、万造の仮面が落ちて、その素顔を代助に見られてしまいました。
代助にだけは見られたくなかった、その醜い素顔を…。
万造は、ずるずると底なし沼に沈んでいきます。
「代ちゃん……あばね!」という、郷里の別れの言葉を残して……。
その後、お銀も代助も結局沼の底に沈む運命になってしまうのですが、
沼の底で、代助と万造は、やはりいがみ合っているのでしょうか。
お互いの存在を認め合える距離にいなければ気がすまないというのに。
余談ですが、わたしはこのイラストを描く際、ムーンライダーズの「鬼火」という曲を繰り返し聴いていました。
ライダーズの「鬼火」は、ルイ・マル監督の映画『鬼火』からインスパイアされて作られた曲だと認識しています。
しかしながら、前奏や間奏の物憂いヴァイオリンのあの旋律が、
そして歌詞にも出てきた「生き損なった俺の心」等の表現が、
まさに正史版「鬼火」の世界観に合致しているような気がして仕方がないのです。
(展示解説より転載)


展示風景です。
今回の描き卸作品の中で、個人的に一番気に入っている作品が、この「鬼火」です。
手すき和紙に印刷しました。
「横溝正史のイメージで、こういうのは見たことがない」という評価が圧倒的に多かったです。
おそらく、大勢の方々の中には、角川文庫の一連の杉本画伯のイラストの
イメージが大きいのではないかと思います。
わたしが惹かれる横溝正史や夢野久作、久生十蘭らの世界とは
「血みどろの凄惨な殺人現場」ではなく、その背景にある
「人の心の闇」であり、切なさ、やりきれなさ、苦しさ、厭らしさ、そして悲しみです。
雑誌「新青年」の頃の探偵小説が特に好きなのには、そこに理由があります。

「なんちゃってカバー」です。
「鬼火」は、竹中英太郎の挿絵も全点収録されて(!)、
創元推理文庫「日本探偵小説全集(9)横溝正史集」に収録されています。
追記:竹中英太郎氏の名前を「栄太郎」と間違えておりましたので、
謹んで訂正いたしました。ご指摘ありがとうございました!>襟裳屋さま(2006.09.02)
投稿者 YOUCHAN : 13:24 | コメント (2) | トラックバック
2006年6月27日
夢野久作像(巻頭歌)

オリジナルイラストです。
「胎児よ 胎児よ なぜ踊る 母親の心がわかって 恐ろしいのか」
…これは、「ドグラ・マグラ」の冒頭を飾った歌です。
イラストの背景は、胎児の踊る羊水をイメージしました。
夢野久作ご本人は顔が長くて、頭の大きな人でした。
たいへんお洒落な人だったそうで、確かに、どの写真を見ても、
久作はモダンボーイそのものの格好をしてポーズを決めています。
また、ヘビースモーカーとしても知られており、
長ギセルをくわえている写真が有名です。
久作は夫婦仲もよく、子供ともよく遊んだ、よき夫・よき父であり、
小説に見られるような陰惨さとはかけ離れた、微笑ましいエピソードがたくさん残っています。
ただ、残された写真の久作は、寂しげな眼をしているものが多いような気がます。
気のせいかもしれませんが……。
余談ですが、この久作像が出来た後、久作のお孫さんにあたるSさんに
メール添付でイラストをお見せすると、大変気に入っていただきました。
そこで、ご自宅で飾っていただくのにちょうどよい大きさに額装して、
お送りさせていただきました。
後日、Sさんのご自宅にお邪魔させていただく機会を得ましたところ、
Sさんが代々尊敬してやまないガンジー翁の肖像とともに、
わたしの描いた久作像が飾られてあり、とてもありがたく思いました。
思い入れのある一枚だっただけに、とても嬉しく、光栄な出来事でした。
(展示解説より転載)

展示風景です。ラフスケッチも一緒に展示しました。

これが一緒に展示したラフスケッチです。

「なんちゃってカバー」です。
表題の「夢野久作 〜迷宮の住人〜 / 鶴見俊輔・著」は、
今は無きリブロポート刊の本のタイトルです。
投稿者 YOUCHAN : 22:39 | コメント (0) | トラックバック
2006年6月26日
人の顔

と言いさしてチエ子は口を噤んだ。
ビックリしたように眼を丸くして、父親の顔を見た。
しゃがんでいた父親は、いつの間にか闇の中に仁王立ちになっていた。
両手をふところに突っ込んだまま、
チエ子の顔を穴のあくほど睨みつけていた。
(夢野久作「人の顔」より)
オリジナルイラストです。
チエ子は孤児院から航海士の夫婦の家に引き取られた女の子です。
夫婦はチエ子をとても可愛がっていました。
ただ、チエ子は少々奇妙な子供で、母親と外出していると、
ふと立ち止まって「お屋根をじぃっと見ていると、人の顔が見える」
云々と話し出すようなところがありました。
久しぶりに海外から帰って来た航海士の父親と一緒に、活動を見に行った帰り。
四谷見附で電車を降りて、上機嫌で歩いていると、
チエ子がふと立ち止まって空を指して
「……あそこにお母さまの顔が……」と父親に話し出します。
どれどれ…と腰をかがめる父親。
チエ子への愛情がたっぷりで、優しさに満ち溢れています。
しかし、チエ子に見えた人の顔というのは、
母親と、父親ではない別の男の顔でした…。
夢野久作という作家は、愛情深い親子関係を、
一瞬にして木っ端微塵に砕いてしまう表現が大変うまい作家です。
イラストでは、チエ子がその情景を告げる様子を描いています。
ところで、一昨年に開催した、友永たろさんとのふたり展で出展した
「宮益坂」という作品があります。
わたしの展示作品の中では一番人気でした。
しかし、実はこの作品、もともとこの「人の顔」をモチーフにした
イメージイラストを猫に置き換えたものでした。
今回の個展で、やはり「人の顔」をちゃんと完成させておきたい!と思い、
一昨年のラフを引っ張り出してみました。…あれ? こんなだったっけ…??
ラフは私の脳内で大きく美化されていたのです。
こんなんじゃ、だめだ!!と、ひとしきり落ち込んだ後、
ラフを描き直して、完成させた作品が今回の「人の顔」というわけです。
夜に見ると、結構怖いです…。
(展示解説より転載)

展示の様子です。
なお、解説にあったラフの遍歴については、過去のエントリー
「『人の顔』遍歴」をご参照ください。
今回の展示作品は、手すき和紙に印刷しているので、
データをそのままJPEGに書き出したものとでは、やはり印象が違います。
背景は、黄色っぽいですし、なによりも、全体のトーンが
落ち着いたものとなりました。
絵としての完成は、確かに一番上にUPしているイラストなのですが、
あの手すき和紙に印刷したものが、作品としては完成形となります。
デジタルで作成しましたが、アナログの質感がどうしても必要な作品です。

この「なんちゃってカバー」も、その手すき和紙に印刷して作りました。
なんとなく雰囲気が伝わるでしょうか…。
ギャラリーではスポットライトが黄色っぽい色味のため、
写真に撮っても風合いがあまりわかりませんでした。
上図は、後日自宅にて、自然光で撮影したものです。

「人の顔」は、ちくま文庫夢野久作全集〈3〉に収録されています。
投稿者 YOUCHAN : 11:46 | コメント (0) | トラックバック
2006年6月25日
早速やってみました
一個前のエントリーで、「帯に夫人なしにしちゃえば?」という
提案があったので、早速やってみました。

これが元のカバーです。で、帯を付けてみると…

じゃじゃーん!
トレペっぽく感じますが、色を薄くした紙です。
この夫人は「ジェイルバード」のキーになる人物ですから
ネタばれ防止にもなって、いいかもしれません。
…ってなにやってるかといいますと、今、個展作品をまとめた
ファイルを作っているのです。
投稿者 YOUCHAN : 01:15 | コメント (4) | トラックバック
2006年6月23日
ジェイルバード

もし、メアリー・キャスリーンがほんとうは何者であるかをわたしが知っていたら、
彼女の両手を切り落としたがっている連中がいるという本人の話にも、
もっとなっとくがいったろう。
(「ジェイルバード」カート・ヴォネガット:著/浅倉久志:訳 より)
オリジナルイラストです。
RAMJAC(ラムジャック)コーポレーション。
この会社は、アメリカ産業界を牛耳っている大企業であり、
その大株主のジャック・グレアム夫人は、5年ほど前から表舞台から姿を消していました。
しかし、企業の買収があったとき、「あなたをRAMJACファミリーに歓迎します」と
グレアム夫人の肉筆の手紙が書かれ、署名の下には八本の指と二本の親指の指紋が押されます。
八本の指と二本の親指の指紋…。これが「本物」の証明なのです。
そして、イラスト中央に描かれたショッピングバッグレディー。
彼女の正体を明かしてしまいましょう。
彼女こそ、大財閥・RAMJACコーポレーションの大株主、
ジャック・グレアム夫人その人です。
彼女を殺し、その両腕を欲しがっている見えない敵がいる…。
世間から身を隠すため、彼女は身体に合わないほどに大きなバスケットシューズを履き、
靴の中に指紋を押すためのスタンプ台や重要書類等を押し込めて、
着られるだけのぼろを身にまとい、
ショッピングバッグレディーになって町中を逃げ回っていたのでした。
「ジェイルバード」の主人公は、ウォーターゲート事件の巻き添えを食って、
刑務所に収容されていた、ウォルター・F・スターバックです。
三年の月日を刑務所で過ごし、ようやく釈放されて
偶然出会った一人のショッピングバッグ・レディーが、かつての恋人、
メアリー・キャスリーン・オルーニーの成れの果てでした。
そして、メアリー・キャスリーンがRAMJACの大株主、
ジャック・グレアム夫人だったことは後から聞かされたのでした…。
ウォルターの回想録の形式で描かれた「ジェイルバード」で、
やはり鮮烈な印象と存在感を残したのはメアリー・キャスリーン・オルーニーでした。
大きなバスケットシューズを履いて逃げ惑うメアリー・キャスリーンを描こうと思いましたが、
それよりも、巨大なRAMJACビルや摩天楼と対比させて描く方が、
メアリー・キャスリーンを表現するにはぴったりではないか、と考えたのでした。
空には、青い空と輝く太陽。取り囲むようなビル群と、
厳しい顔をしたメアリー・キャスリーン。
そして自然を求める都会人のための公園と、
救いを求める人々のための教会を、背景に添えました。
(展示解説より転載)

展示風景です。正面一番左の、一番明るい場所に展示しました。
この絵、縦長に見えるのですが、実はそうでもなくて、ほぼ3:4の比率です。
縦にながーくそびえるビルが、縦長に見せているのですね。

なんちゃってカバー。
これに普通の帯がまきついてたら、キャスリーンが完全に隠れてしまう装丁でNGですね(汗)
海外の書籍ならいいかも。もしくは、帯なしで!

ハヤカワ文庫「ジェイルバード」カート・ヴォネガット
※「ジェイルバード」ですが、残念ながら、絶版のようです。
ただ、古書として比較的容易に入手が可能です。それにしても、悲しい、絶版…。
投稿者 YOUCHAN : 21:24 | コメント (6) | トラックバック
2006年6月22日
キャラコさん

「絹ではいかんな。木綿のような女でなくてはいかん」
剛子の一家は、父の光栄ある恩給だけでたいへんつつましく暮らしているが、
剛子がキャラコの下着(シュミーズ)をきているのは、それには関係がなく、
もっと深い感情のこもったことなのである。
(久生十蘭「キャラコさん」より)
オリジナルイラストです。
キャラコさんの本当の名前は石井剛子(つよこ)。
質実剛健の「剛」の字を取ってつけられた名前です。
「これからの女性は男の言いなりになるようなヘナヘナではいかん」
という父の願いが込められた大切な名前を、
キャラコさんはとても誇りに思っています。
また、もうひとつ「キャラコさん」という呼び名は、
剛子が質素なキャラコ(木綿)の下着をつけていたのを従姉妹たちに見られて以来、
呼ばれるようになったのでした。
従姉妹たちはシルクの下着を着けていましたから、
剛子のことをからかってこんな呼び名をつけました。
けれど、剛子はキャラコさんという名前を気に入っていたし、
周囲からもこの愛称で呼ばれるようになったのでした。
キャラコさんは19歳。誰にでもわけ隔てなく親切で、好奇心旺盛。
大きすぎる口をあけて快活に笑います。
キャラコさんに関わった人は、どんな偏屈な人だって、初めは敵意を持った人であっても、
最後にはキャラコさんが大好きになって、周囲の誰もが幸せな気持ちになってしまいます。
キャラコさんは、太陽のような暖かな女の子なのです。
「キャラコさん」が書かれたのは太平洋戦争前、昭和14年です。
大戦突入前とは言え、その当時の日本は「贅沢は敵」と国民の生活を規制しつつあった時代です。
キャラコさんの名前の由来となった「質実剛健」が、時勢に合致した思想だったことは間違いがないと思います。
娯楽的要素の強い内容のものが、当局の圧力で次々と姿を消していった「新青年」誌上で、
こんな楽しくて、豊かな思想を持った連載を、1年間も続けることの出来た久生十蘭とは、
なんという力量を持った興味深い作家でしょう。
わたしは、キャラコさんのすっくりと立つ姿を描いてみたいなと思いました。
人の幸せを願っていつも動き回っているキャラコさん。
人の悲しみを自分の痛みとして感じ取ることの出来るキャラコさん。
彼女の優しい人柄が、少しでも表現できていたらとっても嬉しいです。
(展示解説より転載)


展示風景です。ピアノの上に展示しました。

キャラコさんは快活なお嬢さんですが、久生十蘭の手にかかると
ロマンチックな雰囲気が漂います。
なので、額装展示は白い紙に、カバーはちょっと黄色っぽい手すき和紙に
印刷することで、その雰囲気を出してみました。
でも、写真ではあんまり違いがわからないですね…。
なお、「キャラコさん」が収録されている本は現段階(2006年6月)では残念ながらないようです。
三一書房版「久生十蘭全集†」に収録されており、図書館で読めると思います。
また、新たな久生十蘭の全集が発売されるという朗報があります。詳細は下記をご覧ください。
●久生十蘭オフィシャルサイト準備委員会
投稿者 YOUCHAN : 09:38 | コメント (2) | トラックバック
2006年6月21日
百鬼猫

オリジナルイラストです。
わたしは、内田百間をイメージした猫のキャラクターを描いてみました。
すると、その猫になった百間先生が…いえ、百間先生になった猫が……
とにかく、先生がわたしに声をかけてきました。
貴君、貴君…。
「何ですか、先生」
「ここは一体どこなのかね」
「市ヶ谷の隣の駅、曙橋にある、ゑいじうという画廊です」
「市ヶ谷の隣は信濃町ではなかったか」
「地下鉄が当時より増えております」
「この画廊は『ゑいじう』というのか。旧仮名遣いは健在というわけだね(※1)」
「いえ先生、残念ながら現在では旧仮名を使うことは殆どありません。現に、先生の文章も……」
「なに、新仮名遣いになっているというのか。それはいけない」
「しかし、現に大人気で読まれています」
「人気などどうでもよい。しかし、なってしまったものは仕方がない」
「しかしながら、漢字の送り仮名は先生がずっと指摘なさってた通りに戻りましたよ」
「そうだろう。僕は何度も提言をしたからね。ときに貴君」
「はい」
「画廊といったが、貴君はなにをしている」
「イラストレーター…ええと、挿絵画家をしております」
「風船画伯(※2)のようなものか」
「そんなところです。風船画伯は、21世紀になって人気が出たんですよ」
「しかし本人が生きていなければ意味がないだろう」
「それはそうですが、美術館に長蛇の列が出来たそうです」
「僕は並ぶのは好きではない。ところで、貴君は僕の文章も読まれていると言ったね」
「はい、こんな風に『内田百間集成』と言う形で、文庫として編まれています」
「こんな小さな中に詰め込まれてしまっているのかい」
「でも先生、このサイズの本は電車の中で読むのにぴったりなんです」
「貴君は列車の中で本を読むのか」
「はい」
「列車に乗るときは、外の景色を眺めるのが本当だろう(※3)」
「はあ」
「人の目は文章を読むためにあるのではない」
「でも先生の文章を読むのは、とても面白いです」
「ときに貴君」
「はあ」
「なぜ僕は猫の格好をしているのかね」
「先生は犬よりも猫のほうがお好きでしょう」
「猫が好きというわけではない。しかし、人が飼っている犬は嫌いだ」
「先生の作品では『ノラや』(※4)を初めて読んだんですよ」
「あれは校正もままならなかった」
「猫を飼ったことのある人間にとってあんなに感動する話はありません」
「人の感動などどうでもいい」
「はあ」
「なんだかとりとめのない話だね」
「麦酒でも飲まれますか」
「昼間からそんなお行儀の悪いことはしない。しかるに貴君、なぜ旧仮名遣いを使わないのかね」
「旧仮名はなんとか出せても、旧漢字が変換できないのです」
「なんだね、そのヘンカンというのは」
「……説明がたいへん面倒なのですが、よいでしょうか」
「面倒なのは駄目だよ」
「はあ」
※1 内田百間は旧仮名・旧漢字にこだわった。
戦後、仮名遣いが改められても、その方針を終生曲げることはなかった。
旧仮名・旧漢字を求めるファンは現在も多い。
※2 谷中安規。自彫自刷の版画家で、戦前の百間作品の挿画を数多く手がけた。
「風船画伯」とは、百間が安規につけたあだ名。
戦後まもなく餓死し、その急逝が惜しまれた。
※3 ただ列車に乗って目的地まで着くことだけを楽しみとし、
目的地では何の目的も持たない旅を百間は好んだ。
この旅の記録は「阿房列車」として全三巻で刊行され、人気を博した。
※4 自宅に出入りしていた猫「ノラ」が失踪して、悲しみにくれた百間の作品。
ノラを失った悲しさがあまりにも深かったため、
書いた原稿を推敲することもままならなかった。ペットロス小説としても名高い。
(展示解説より転載)

展示風景です。先日ご紹介した「件」と対で展示しました。

階段を上りきると、正面に百鬼猫先生がじっとあなたを見つめます…。
投稿者 YOUCHAN : 09:21 | コメント (2) | トラックバック
2006年6月19日
件(くだん)

こんなものに生まれて、何時迄生きてゐても仕方がないから、
三日で死ぬのは構はないけれども、預言するのは困ると思つた。
(内田百間「件」より)
オリジナルイラストです。
「件(くだん)」は大正11年に発表された、幻想味あふれる短編作品です。
そもそも件とは日本に古くから伝えられている物の怪で、その姿は頭が人で身体が牛です。
生まれて三日で不吉な預言を残して死ぬといわれていますが、
内田百間が描く「件」は、自分がどうして件になってしまったのかが理解できていません。
きょとんと戸惑っている件に対し、預言を聞こうと群がる人間たちは、
まるで好奇心の強い猿のようです。集まって、不安がって、騒ぐだけ。
その中に、こっそり百間猿が隠れています。
「阿房列車」や「百鬼園随筆」でみせる百間は、
ユーモラスな描写とわがままなのに憎めない人柄が魅力的なのですが、
創作となると、その色合いは一変します。
不気味で、取りとめがなく、話の前後関係があいまいで、心細い闇が広がっています。
創作と随筆の百間。一体どちらが本当なのだろう…。
しかし、明るく楽しい百間文学に浸っていると、
突如として闇の部分が突きつけられる事があります。
死んだはずの金貸しが訪ねてきたり(「贋作 吾輩は猫である」)、
寝台列車で休んでいると急に猿がのしかかってきて話しかけられたり(第三阿房列車)。
そんな場面に出くわすと、思わずニヤリ。
そして思うのです。
百間にとっては創作も随筆も、厳密な境目なんてないんだろうな、と。
だから百間はやめられない。
(展示解説より転載)

展示風景です。解説文と一緒に掛けてあるのが見えますか?
この文章が、上記のものです。

「冥途」のカバーという形にしています。だって「件」は「冥途」に収録されてるから。
一緒に並んでいるのは「第三阿房列車」カバーの『百鬼猫』と小川未明カバーです。
...ということで、明日は『百鬼猫』の登場です。
妄想百間先生との会話を全文掲載しますので、
「阿房列車」読者の皆様、笑ってくださいね〜。
投稿者 YOUCHAN : 23:53 | コメント (0) | トラックバック
2006年6月18日
Manyoについて

Manyoについて
『Manyo-万葉-』は感性に訴えるリコメンド型のプレミアムマガジンです。
季節を感じる食と空間、大人の着こなし、こだわりの嗜好アイテム、大切な人との旅など…
粋で上質なスタイルを提案。
不易流行をコンセプトに、日本人の遺伝子(DNA)に刷り込まれた「想い」や「憧れ」を、最新の
「食・遊・旅・モノ・ファッション」を通じて語ります。
また、『Manyo-万葉-』は雑誌のような感覚でページをめくることが出来る、次世代電子雑誌です。
閲覧には、専用ビューア「FlipViewer」をお使いのIEブラウザにインストールするだけ。
閲覧は無料で、Win/Mac共にお楽しみいただけます。
ご自宅で、職場で、大切な人と、上質な大人の時間を『Manyo-万葉-』とともにお過ごしください。
連載「文学山房」について

この『Manyo』創刊号から掲載されているYOUCHANの連載が
「文学山房 一篇の文学とイラストレーション」です。
今回の個展では、『Manyo』で掲載したイラストレーションを中心に展示しておりますが、
『Manyo』誌上では、そのほかに「併せて読みたい一冊」として、もう一冊のオススメ本を、
また「併せて聴きたい音盤」として、掲載号のテーマに合ったCDのご紹介もしています。
「次へ」ボタンをクリックすると、右側のテキストエリアが
さっとスクロールして切り替わる仕組みになっています。
また、イラストのイメージに合ったBGMも流れます。
「文学山房」は、見て、読んで、聴いて楽しいコンテンツです。
(以上、展示パネルより転載)
投稿者 YOUCHAN : 00:38 | コメント (0) | トラックバック
2006年6月17日
月と菓子パン

ぽってりとした夜中の満月は、菓子パンのなかのクリームの
練り上げたような黄色をしていると思った。
(石田 千「月と菓子パン」より)
Manyo 2006年7月号に掲載されています。ぜひご覧ください。

階段を上がってすぐ眼に入るのが、壁際のピアノの上の展示です。
意識して、ここには明るい色彩の絵を並べました。楽しい感じです。

サイドから見ると、本のカバーの背の所に、クリームパンを食べているおじさんが
くるようにしたんですけど、見えますか?

なんちゃってカバー・「月と菓子パン」の巻。
「月と菓子パン」の作者の石田 千(せん)さんは、わたしと同い年です。
とても丁寧な日本語を書く方で、個人的に(一方的に)とても親近感を持っています。
Amazonの書評等を見ると、「豆腐屋」「本屋」「花屋」という言い回しに嫌悪する人も。
ですが、却ってそこが対象との距離をきちんと保っているように見えて、
わたしは個人的には好感を持っています。入り込みすぎてない感じっていうのかな。

晶文社 「月と菓子パン」 石田 千
追記:石田千さんの元クラスメイトさんからコメントをいただきましたが、
こちらのふてぎわでTBができないようになっておりました。
ので、こちらからTBさせていただきました。
こういうご縁って嬉しいですねぇ~。
かつきさん、改めましてコメントありがとうございました。(2006/08/07記)
・猛読酔書『月と菓子パン』石田千
投稿者 YOUCHAN : 23:53 | コメント (2) | トラックバック
2006年6月16日
センセイの鞄

ツキコさんこそ、あのときの男子とどこかに行ったんですか。
センセイが聞き返した。え?とこんどは私が首をかしげる。
(川上 弘美「センセイの鞄」より)
Manyo 2006年6月号に掲載されています。ぜひご覧ください。


展示風景です。このイラストも、1Fのカフェに展示していました。
Manyoで連載した作品の多くが1Fに展示されてました。実は。
センセイは、このくらいのおじいちゃんじゃないかなーと、わたしは思っていました。
ツキコさんは、もうちょっと大人っぽくてもよかったかな。
「恩師と教え子」以上「恋人」未満…の、もどかしい時期を絵にしました。
ところで、この本の作家の川上先生は、百間先生ファンなんですよ。
なんだかそういう偶然って、嬉しくないですか。ねぇ。

平凡社 「センセイの鞄」 川上 弘美
※それで、改めて説明いたしますと、最近、連続で投稿している
イラストレーションのエントリーは、去る5月29日〜6月3日に
ゑいじうにて開催された個展「文学山房」の出展作品および展示風景、
そしてモチーフとなった小説が収録されている
本のご紹介、となっております。一日に1点ずつUPしてます。
(日曜日はお休みします)
投稿者 YOUCHAN : 23:45 | コメント (0) | トラックバック
2006年6月15日
さくら

もっともっと多く見るような気がするのは
祖先の視覚も
まぎれこみ重なりあい霞だつせいでしょう
(茨木 のり子「さくら」より)
Manyo 2006年5月号に掲載。バックナンバーよりご覧ください。


展示風景です。1Fカフェの一番奥の壁にかけてありました。
このイラストを描いたのは、まさに茨木さんの訃報が飛び込んできた直後のことでした。
ちょうど、掲載時期が桜の季節だったので、5月号はこれでいこうと
思っていた矢先のこと。
個人的に追悼の気持ちを込めて描きました。
連載文中に追悼の文字はありません。あくまでも、個人的に。
茨木さんにとって「わたしが一番きれいだったとき」に
「さくら」をうっとりとみれたらステキだったろうな、
きっと、こんなきれいな色の着物を着たかったろうな、
等などといろんな気持ちを込めて、絵に託しました。
謹んで茨木先生のご冥福をお祈りいたします。

童話屋「おんなのことば」(茨木 のり子:著)に収録されています。
投稿者 YOUCHAN : 22:42 | コメント (0) | トラックバック
2006年6月14日
往復書簡

たくさんの年を重ねる必要はない、
物語を書きはじめればいい、書かなくてはならないから
書くのです。
(トーベ・ヤンソン「往復書簡」より)
Manyo 2006年4月号に掲載。バックナンバーよりご覧ください。


展示風景です。この作品も、1Fのカフェに飾っていました。
ヤンソンといえばムーミンですが、このシリーズにはムーミンは出てきません。
「往復書簡」は、「読者は作家の書いた本の中でのみ作家と出会い、
そして共に旅が出来る」といったような内容で、
ヤンソンと日本人少女の読者との手紙のやりとりの形式をとっています。
でも、そこにヤンソンからの手紙は書かれていません。

なんちゃってカバー トーベ・ヤンソンの巻。
みすず書房風レイアウト。もっと余白があってもよかったかな。
実物のヤンソンの本は、本体が濃い色で透けてしまったため、紙を2重に巻きました。

筑摩書房 トーベ・ヤンソンコレクション1「軽い手荷物の旅」
(トーベ ヤンソン:著/冨原 眞弓:訳)に収録されています。
投稿者 YOUCHAN : 20:16 | コメント (2) | トラックバック
2006年6月13日
月夜と眼鏡

月の光は、うす青く、この世界を照らしていました。
なまあたたかな水の中に、木立も、家も、丘も、
みんな浸されたようであります。
(小川未明「月夜と眼鏡」より)
Manyo 2006年3月号に掲載。バックナンバーよりご覧ください。

展示風景。1Fカフェ入り口すぐの壁にかけてありました。
半切サイズですが、壁が広いので、絵が小さく見えますね。

なんちゃってカバー・小川未明の巻。
今回の展示のもうひとつの目玉、それは「なんちゃってカバー」です。
未明は童話なので、おおきな版形が合うと思いました。
ちなみに、中身はわたしが出した中央出版の絵本です。

こんな感じでカウンターに並べました。
未明の右隣にあるのは、実際に私が出版した絵本と、
わたしが自宅から持ってきた、十蘭と久作と百間の全集から1冊づつと
乱歩の文庫の本物です。
「なんちゃってカバー」と本物が混在していたのはこのカウンターだけで、
あとは全部「なんちゃってカバー」です。売られているわけではありません。
もし混乱した方がいたら、ゴメンナサーイ。

新潮文庫「小川未明童話集」に収録されています。
投稿者 YOUCHAN : 14:33 | コメント (0) | トラックバック
2006年6月12日
北溟

岸にはさっきから吹き寄せた雲だか綿だか解らない物が
段段積み重なって、その中から色色の大きさの
膃肭獣(おっとせい)がのぞいたり隠れたりしている。
(内田百間「北溟」より)
Manyo 2006年2月号に掲載。バックナンバーよりご覧ください。

「北溟(ほくめい)」は、1Fカフェに展示していました。
ポストカード販売もしましたので、2Fでカードを見て、
改めて1Fの展示も見てくださった方もいらっしゃいました。
膃肭獣を拾ってすすると葡萄のような味がした…というお話です。
この不条理さと、あどけない膃肭獣のギャップがなんとも言えません。

引き気味に撮ってみますとこんな感じです。明るい店内に映えますね。

ちくま文庫「内田百間集成(3)冥途」に収録されています。
投稿者 YOUCHAN : 22:22 | コメント (0) | トラックバック
2006年6月10日
雪のひとひら

それらはいずれもいかにも広大に見えながら、
ひとたびかの巨大な太陽や、月影や満天の星に思いをいたせば、
まことに取るに足らないささやかさでした。
(ポール・ギャリコ「雪のひとひら」より)
Manyo 2006年1月号に掲載。バックナンバーよりご覧ください。

階段の下の壁に展示しました。
階段を上るときにご覧頂く方と、2階の展示室を見終わってから
帰りしなにご覧頂いた方といらっしゃったように思います。

2階から見た感じです。
ちなみに、右の壁に段段にかかっているカラフルな額は、
Manyoでの連載の画面キャプチャーを
第一回目から最新号まで額装したものです。

新潮社 「雪のひとひら」 ポール ギャリコ:著/ 矢川 澄子:訳
投稿者 YOUCHAN : 13:00 | コメント (6) | トラックバック
2006年6月 9日
家守綺譚

まるで夕闇から滲んで出てきたかのように、
周囲との境がはっきりしなかったのだが、微動だにしない、
その地蔵のような気配に、妙に引き付けられた。
(梨木 香歩「家守綺譚」より)
Manyo 2005年12月号に掲載。(この回より、「文学山房」として連載が独立しました)
バックナンバーよりご覧ください。

展示風景。ピアノの上に飾っています。隣は石田千さんの「月と菓子パン」。
実はこの絵だけ、諸事情で他の作品より解像度が低いため、小さいのです。
「こんな小さな絵だったんですか!?」と何人かの方に驚かれました。

ゑいじう入り口のウェルカムボードは、
DMを拡大して印刷したものです。A3サイズ。

うっかりしていて、このイラストが掲載されたBallistic社の本「Painter」を
ギャラリーに持っていったのは最終日でした。
ご覧いただけた方は少なかったですね…スミマセンでした。

新潮社 「家守綺譚(いえもり きたん)」 梨木 香歩
投稿者 YOUCHAN : 16:25 | コメント (0) | トラックバック
2006年6月 8日
夢十夜
今日から一日に一点ずつ、個展での展示作品をご紹介していきます。
トップバッターは、「Manyo」創刊号に掲載された、この作品から。

赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、
------あなた、待っていられますか
(夏目 漱石 「夢十夜」より)
Manyo創刊号に掲載されています。(第一回目のみ、「二人のエンタテインメント」内)
バックナンバーよりご覧ください。

展示風景。入り口から入ってすぐ。カウンター横。

岩波文庫 「夢十夜 他二篇」 (夏目 漱石)に収録。
